001:one

自分にとっての誰かと、誰かにとっての自分。
その価値が同じであったなら、どんなに幸せだろう。




そよぐ風が木々の枝葉をざわめかせ、柔らかい陽射しが辺りに降り注ぐ。
悟空は寺院の庭にある大木に登り、悟空の腕2本分くらいはありそうな太さの枝の上に座り込んで、じっと一方向を見つめていた。
その視線の先にあるのは、この敷地内で最も立派な建物の窓──その中に見える、背中。
遠くに小さく見える白い法衣の背中とそのすぐ上に揺れる金糸の髪を、悟空はただ見つめる。


ずっとずっと追いかけてきた。
置いていかれないように。傍にいられるように。
悟空にとって、三蔵は唯一絶対の存在だから。

他の何にも代えられない、無二の存在。
悟空の、たった1人の大切な人。
三蔵がいなくなったら、悟空には何も無くなってしまう。


だけど、三蔵は?


三蔵にとって、悟空は唯一の存在なのだろうか。
多分違う、と思う。
悟空には三蔵のいない思い出はないけれど、三蔵には悟空のいない思い出がたくさんある。
悟空の知らない誰かが、三蔵の思い出の中に存在する。
もしも悟空がいなくなったとしても、三蔵には悟空に代わる他の誰かがいるのではないだろうか。
いや、それどころか、悟空こそが誰かの代わりであったとしたら。

嫌だ。

誰かの代わりになるのも、誰かが代わりになるのも。
すぐ傍の幹に付いている手に、力が篭る。
自分が三蔵を他の誰にも代えられない存在だと思っているからといって、三蔵にもそう思ってほしいなんて我侭だと思う。
それでも悟空は、三蔵にとっての唯一の人になりたい。
たった1人の、特別な存在になりたい。

どうしたらいいんだろう。
どうすれば、三蔵の特別な人になれるだろう。
どうすれば、悟空が三蔵を想うのと同じくらい、三蔵も悟空を想ってくれるようになるんだろう。

考えてみるものの、元々思考を巡らせるのが苦手な悟空には答えはまるで見つけられなかった。
そんな自分に唇を噛む。
その時、視界の中の金糸が大きく動いた。
立ち上がってゆっくりと振り返った三蔵と、悟空の視線がぶつかる。
いや、そう思ったのは悟空だけかもしれない。
距離的に、視力が良い方ではない三蔵には悟空の姿が見えているかどうかすら怪しいのだから。

それでも、悟空はその紫暗の瞳に射抜かれたような気がした。
その強い瞳が、こんな事で悩んでいる悟空を叱咤しているようにも見えた。

そうだ、と悟空はその瞳を見て思う。
こんな風に胸の中に靄を抱えたような自分を特別に想ってもらおうなんて、虫が良すぎる。
三蔵の唯一の存在になりたかったら、それだけの価値がある自分になるしかない。


悟空は身体の前で1度両手を握りしめると、すぐさま木から飛び降りて三蔵の執務室のある建物へと走り出した。







独占欲といえば三蔵ですが(オイ)、今回は悟空が三蔵に対する独占欲を覗かせてます。
三蔵は三蔵で、よく似た焦りを抱えてそうだなと思うんですけどね。
むしろ、三蔵の方が余裕なさそう。余裕ぶってるだけで。

2004年5月8日UP

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