薄暗い廊下を進んでいると、微かに明かりの漏れる部屋があった。
その僅かに開いたドアから中を覗いてみると、その部屋の主が何やら図面を書いていた。
「何をしているの、ニィ博士」
そう声をかけると、白衣を着たボサボサ髪の男が顔だけをこちらに向けた。
「おや、これは黄博士。ボクに何か御用で?」
「用も何も、蘇生実験の方を放ったらかしにしてこんなところで……」
黄は窘めるように言い、ニィの机の傍まで近付く。
「個人的な研究もいいけれど、本業をしっかりしてくれなくては…………何、それは」
机の上に置いてあった幾つかの図面を見て、黄は眉を顰める。
「何って、回路図ですよ?」
「そんな事は見れば分かるわ。何の回路図かと訊いているの」
「ん〜……ま、ボクのオモチャかな?」
ニィはそう言うとニヤリと嫌な笑いを浮かべた。
この男はいつもこうだ、と黄は思う。
何を考えているのか、何を企んでいるのか、全く読めない。
優秀な化学者である事は認めるが、黄はこの男の人間性はどうしても好きにはなれない。
仕事上の付き合いに限定しても、やりにくい事この上なかった。
「とにかく、三蔵一行の事もあるんだから、こちらの事もちゃんとしてもらわないと」
「分かってますよぉ。あの子達も、ボクのだぁいじな部品ですからねぇ」
椅子に背を預け、ニィは笑みを浮かべたまま呟く。
「……部品?」
「そう。ボクのココで作り上げる電子回路を完成させる、大事な部品。三蔵一行も、王子様もね」
自分の頭を人差し指でトントンと叩きながら、ニィは黄を見て笑う。
その表情と眼に、黄の背筋にゾクリと悪寒が走った。
この男にとっては、この世の何もかもが部品なのかもしれない、と思う。
今ニィが言った三蔵一行や紅孩児は元より、もしかしたら玉面公主や牛魔王すらも。
全てが彼の意のままに組み上げられていくのを想像すると、得体の知れぬ恐怖が湧き上がる。
それを振り払うかのように、黄は努めて冷静を装った。
「……それで、その電子回路の回路トポロジはもう決まってるの?」
何を企んでいるのか、と暗に尋ねてみた。
もちろん、ニィがまともに答えるなどとは期待してはいなかったけれど。
「さあ〜、どうかなぁ? 部品が揃わないと、繋ぎ方は完全には決められないよねぇ」
案の定はぐらかした答えに、黄はため息をつく。
ただ、『完全には』というからには、大まかなイメージはあるのだろう。
それが何なのか、黄が探ろうとしてもニィが腹の中を見せる事などないだろう。
言葉での駆け引きにしても、自分よりもニィの方が一枚も二枚も上なのだから。
玉面公主は果たしてこの男がどれだけ危険か分かっているのだろうかと不安になる。
黄の考えの及ばないところでニィを操っているのだったら、それでいい。
しかし、もしもそうでなかったら。
「何をそんな怖い顔してるのかな?」
ハッと我に返ると、ニィが黄を覗き込んで笑っている。
何もかも見透かしたようなその笑みに苛立ち、黄はニィを睨むとくるりと身体の向きを変えた。
この男とまともに向き合ってはいけない。
迂闊に隙を見せれば、きっとその隙間から絡め取られて黄も回路に組み込まれる。
いや、もしかしたら、もう組み込まれているのかもしれない。
だとしても、これ以上付け入る隙を与えてはならない。
「オモチャの事はうるさく言わないけれど、こちらの実験室の資料にもきちんと目を通しておいて」
それだけ告げると、黄は部屋を出ようとノブに手をかけた。
背後に嫌な笑いを含んだ声がぶつかる。
「怒ってばっかりだと眉間の皺がクセになっちゃうよ?」
カチンときたが、ここで振り向いて反論してもニィを楽しませるだけだと思い、黄はそのまま部屋を出た。
「本当に嫌な男」
足早に廊下を進みながら、黄は誰にともなく小さく呟いた。
あの男は、いつか玉面公主に害を為すような気がする。
しかし、ここで黄が注進しても玉面公主は聞かないだろう。
それなら、自分があの男の言動に注意を払う他ない。
黄は、キッと顔を上げるとそこにはいない誰かを睨み付けるように見据えた。
何もかもを思い通りにはさせない、そんな決意を込めて。
まさか、この2人でSSを書く日が来るとは思いませんでした。
黄博士に夢見過ぎですか? でも好きなんですよ、黄博士。
まあ、ニィ博士を相手にしたら勝ち目ないのは分かってるんですけどね……。
なお、管理人は電子回路の事なんてさっぱりなので、細かいツッコミは勘弁して下さい(汗)