004:ピンク

まだ少し肌寒さの残る中、宮田は歩きながら時計を見る。
どうやら遅れずに済みそうだと、息をつく。

宮田が向かっているのは、例の堤防だ。
卒業式の日に自分の決意を一歩に伝えた場所であり、実現しない対戦に焦れてあの雪の日に会いに行った場所でもある。
一歩と宮田の、特別な場所。
一歩の方はどうか知らないが、少なくとも宮田はそういう思いがある。

その場所に宮田が何故向かっているのかといえば、一歩に呼び出されたからだ。
一歩から宮田に電話がかかってくる事だけでも珍しいのに、更には呼び出しまでされたとなると一体どんな用があるのだろうと思う。
電話で呼び出された時にそれとなく訊いてみたのだが、言葉を濁しているばかりだった。

そんなわけで、やむなく、本当にやむなく、宮田は家を出てきたのだ。
決して、一歩からの呼び出しに嬉々として出掛けているわけではない。
足取りが軽いのも気のせいだ。待ち合わせ場所に近付くにつれて緊張などもしていない。
誰にともなくそんな言い訳を心の中でしながら、宮田はいつもの無表情で歩き続けた。



目的の場所が見えてくると同時に、目的の人物もすぐに見つかる。
向こうもすぐに気付いたらしく、大きな声を名前を呼ぶと急いで駆け寄ってきた。
「ごめんね、宮田くん。急に呼び出しちゃって……」
「別に。で、何の用だよ?」
そっけなく言い放つが、いい加減一歩も慣れているようで特に気にした様子はない。
「うん、ちょっと宮田くんに話があって、さ」
「電話じゃダメなのかよ?」
「う、うん。ちょっと2人きりで話したくて……」
何処か迷うような雰囲気で言う一歩に、宮田は思わずまじまじと一歩を見つめた。




宮田に話があるという一歩。
それも、誰にも聞かれたくない、2人きりで話したい類のものらしい。
更に、一歩は俯いて、言いにくそうに視線をさまよわせている。

これは、もしかして…………アレではないだろうか。
宮田は1つの可能性に思い至り、らしくなく動揺した。
いや、考えすぎかもしれない。きっと、考えすぎだ。
そう心の中で繰り返すものの、それに覆い被さるように『もしかしたら』という言葉が浮かんでくる。

「宮田くん。えっと、ボク、ずっと前から宮田くんに言いたかった事があって……」
「……何だよ?」
感情を出さないように気をつけて言ったつもりだったが、やはり心なしか声が上擦ってしまった。
しまったと思うものの、一歩の方はそれどころではないらしく幸いにして気付かなかったようだ。

心臓の音がうるさく響いている。落ち着かせようと思っても、上手くいかない。
少し時間を置いて、一歩が決心したようにパッと顔を上げる。
「宮田くん、ボク……!」
その一歩の視線と声に、宮田の鼓動が一際強く音を立てた。





「ボク…………あの宮田くんのピンクのトランクスはちょっとどうかと思うんだけど!」





ピシリ。





その場の空気が凍り付き、それが溶け出すまでの時間がおよそ10秒。
試合なら10カウントでKO負けである。
それはともかく、何とか意識を取り戻した宮田はふるふると震え出す。

「…………お前、それだけ言うのにオレを呼び出したのか?」
「え、あ、だって、折角宮田くん格好良いのに、ピンクのトランクスはもったいないよ!
 やっぱり宮田くんの格好良さを引き立てるには青とかの方がいいと思うんだよね!」
握り拳で力説する一歩だが、宮田ははっきり言って聞いていなかった。

勘違いしたのは自分だとはいえ、さすがにダメージがでかい。
とりあえず一発殴って帰るか…………と物騒な事を宮田が考えているなどとは全く思っていないらしい一歩は、未だ握り拳のまま宮田の格好良さについての主張を続けていた。







最初の方の流れでラブラブ話だと思われた方、すみません。こんな話で。
ピンクというと、つい真っ先にアニメの宮田のピンクのトランクス思い出しちゃって……。
アニメ、何でピンクだったんでしょうね。タイ編ではTシャツまでピンク……。
もし私に漫画を描く画力があれば、漫画で描きたかったネタではあるんですけど。

2004年8月15日UP

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