誰よりも近くにいて、誰よりも遠くにいるモノ。
手を伸ばせばその腕は掴めるのに、どれほど焦がれてもその願いは届かない。
「三蔵」
その声に、三蔵は悟空の腕を掴んでいた力を緩める。
「どうしたの?」
「何が」
「なんか今、すごく痛そうな顔してたよ?」
「……何でもねえよ」
そんな表情を見せてしまった自分の迂闊さに、三蔵は微かに動揺する。
これ以上みっともない表情を見せたくなくて、三蔵は悟空を腕の中に抱き込んだ。
すると、ゆっくりと、悟空の腕が三蔵の背中に回される。
背中にぬくもりを感じ、三蔵の中に安らぎと痛みが同時に沸き起こる。
背中に、布越しに感じる暖かさ。
この手が離れていくのは、いつの事だろう。
大地から産まれた、自然の寵児。
いつまでも、穢れた人間に囚われていてはくれない。
いつか、大地が愛しい我が子を取り戻そうと、連れ去っていくだろう。
三蔵には抗いようもないほどの、強く大きい力で。
抱きしめた悟空の背中に、翼の幻が見えた気がした。
いや、それは本当に幻なのだろうか。
見えないふりをしているだけで、ここには本物の翼があるのではないだろうか。
三蔵の元から飛び去っていくための、真っ白な翼が。
いっそその翼をもぎとってしまいたい衝動に、何度も駆られた。
何処にも飛んで行けないように、自分以外の全てから断ち切って、繋いで閉じ込めていまいたいと。
その衝動に身を任せてしまえば、むしろ楽になれるのかもしれない、とも思う。
しかし、それは確実に悟空を傷付け、その笑顔を奪う事になる。
閉じ込める事も、諦める事も、どちらも出来ない自分。
ただ、こうして腕の中の悟空を失うまいと、必死に抱きしめ続けるしか出来ない。
「三蔵……痛いよ」
尚更きつく抱きしめた三蔵に、悟空が抗議の声を上げる。
だが、三蔵はそれを聞き入れなかった。
今にもするりとすり抜けてしまいそうなその身体を押し留めるかのように、ただ強く抱きしめた。
例え無駄な足掻きだとしても。
この確かなぬくもりを、容易くこの手の中から奪われないように。
100のお題第1弾です。うん、やはり1発目は三空じゃないと。
えらく短いですが、この先も多分こんな感じです。
ありがちな話だとは思いますが、三蔵の「悟空がいなくなってしまう事」への怯えとか、
そういう感情が好きなんです。