007:パズルゲーム

「何だ、これ」

久しぶりに一歩の部屋へとやってきた宮田が、部屋に入ってまず最初に言った言葉がそれだった。

宮田の視線の先にあるものを見た一歩は、ああ、と納得したように笑う。
「貰ったんだ。ミルクパズルって言うんだって」
一歩の机の上に置かれていたのは、作りかけの真っ白なジグゾーパズル。
端から作っているらしいそれは、真ん中の空間がぽっかり空いている。

「折角だから作ってみてるんだけど、なかなか難しくって」
それはそうだろう、と宮田は思う。
絵や写真がプリントされたパズルならピースの位置にも見当がつくが、真っ白では手掛かりも何もあったものではない。
「こんな真っ白なパズル、よくやれるな。イラつかねえか」
「うん、ちょっと。でも、やってみると結構面白いよ」
確かにそうかもしれないが、宮田には無理だろう。
半分もいかないうちに、イライラして壊してしまいそうだ。
釣りといいこのパズルといい、気の長い一歩に合っているものなのかもしれない。

それに、真っ白で何も描かれていないパズルというのは、どこか一歩に似合っていると思う。
もちろん一歩だって成人男性だし、純粋無垢であるわけはない。
けれど、宮田にとって一歩のイメージは白だ。
赤、というのも試合中の闘志溢れる一歩には合っているのかもしれないけれど。
こうして2人で会っている時の一歩には、白がしっくりくる気がする。

だから、だろうか。
白に囲まれた真ん中の未完成の部分に、無意識に眉を顰めてしまったのは。
それがまるで、白に巣食う闇のようで妙に落ち着かない。
宮田は脇に置いてあるピースを1つ手に取ると、ざっとパズルを見て嵌りそうなところに置いてみる。
すると、パチ、と音がしてそのピースがすんなり嵌め込まれた。
「わ! 宮田くん凄い!」
「偶然だろ」
「でも凄いよ、一発で嵌るなんて!」
少し対抗意識が出たのか、一歩もまたピースを手に取り、しばらく悩んでからピースを置く。
「……あ〜、やっぱりダメかぁ」
呟くと、次のピースを探し始めた。
そんな一歩の様子を見て、宮田も何となく散らばったピースをいくつかかき混ぜる。

別にパズルをしに来たわけではないのだが、いつの間にか2人とも無言でピースを次々と拾っていた。
真っ白い部分が面積を増し、虫食いのようだった部分が少しずつ消えていく。
もう少し……もう少しで、全てが白で埋め尽くされる。
何故、たかがパズルにこんな風に焦燥感めいたものを感じるのか、宮田自身にもよく分からない。
ただ、早くこの虫食いをなくしたかった。
それで、何が変わるわけでもない事を知っているはずなのに、逸る気持ちは止まらなかった。



一歩が最後の1ピースを嵌め込み、そのパズルは一面を白に染め上げた。
「出来た!」
「ああ……」
どこか安心したように、宮田は小さく答える。
「こんなに早く出来るなんて思わなかったよ。宮田くんのおかげだね」
そう言って宮田に笑いかける一歩を見て、宮田は今更とも言える事に思い至る。
「……オレが手を出して良かったのか? お前が作ってたんだろ」
出来上がってから言っても遅いのだが、一応訊いてみた。
「ううん、宮田くんと一緒に作れて嬉しかったから!」
言い切った一歩は、本当に嬉しそうだ。

一歩は机の中をゴソゴソ探ると、一本のマジックを取り出した。
「ねえ、宮田くん。お願いがあるんだけど、いいかな」
「何だよ」
「えっと…………この部分に、サインして欲しいんだ」
完成したパズルの左半分を囲むように指でなぞりながら、一歩はマジックを差し出す。
「サイン? オレのか?」
「うん。……ダメかな」
「別に構わねえけど…………折角の白いパズルに書いちまってもいいのかよ」
真っ白なものを汚す事をほんの少し後ろめたく感じて、宮田は再度尋ねる。
「いいんだ! お願い!」
珍しく強い口調で頼む一歩に、宮田はそのマジックを受け取った。

パズルの面にサインを書こうとして、宮田は僅かに手が震えているのを感じた。
サインくらいで何を緊張しているんだ、と宮田は一歩に気付かれぬように息を吐いた。
ゆっくりと……おそらく今まで書いたサインの中では最も丁寧にマジックを滑らせる。
「こんな感じでいいのかよ」
「うん! ありがとう、宮田くん!」
礼を言ってマジックを受け取った一歩は、今度は右半分に殊更ゆっくりと自分のサインを書いていく。

「……よし、完成」
一歩が呟き、満足そうにパズルを見やる。
真っ白だったパズルの左半分に宮田のサインが、右半分に一歩のサインが書かれている。
一歩の意図が今いちよく分からず、宮田としてはどうリアクションを取るべきか迷っていた。
そんな宮田の様子をどう受け取ったのか、一歩が不安そうに宮田の顔を覗き込む。
「……宮田くん? ひょっとして、こういうの嫌だった?」
耳を垂れた子犬のようなその風情に、宮田は何か悪い事をしてしまったような錯覚に囚われる。
「現役の東洋太平洋チャンピオンと日本チャンピオンのサインが並んだパズルかよ。
 貴重過ぎてプレミアつきそうだな」
宮田にしては珍しく冗談混じりにからかうように言うと、一歩はホッとしたように笑った。
「ホントだよね。このまま額に入れて飾っちゃおうかな」
一歩なら本気でやりそうで、宮田は苦笑する。

「でもね、これで、万が一壊れても大丈夫だから」
一歩が、表情の割に真剣な声音で呟いたのが聞こえた。
「真っ白なままだったら、壊れちゃったら戻すのは難しいかもしれないけど」
パズルにそっと指を滑らせながら、一歩はどこか切なそうな目でその指先を見つめている。
「宮田くんとボクのサインがあるから。もし壊れちゃっても、すぐに元通りに出来るよ」
その言葉が指し示すものを、宮田は計りかねていた。
単純にパズルの事だけを言っているのか、それとももっと別の…………。

「……宮田くん?」
一歩の呼びかけで、宮田は無意識に一歩を抱き寄せていた事に気付く。
しかし、その手を離す気にはなれなかった。
「…………オレとお前が作ったものが、壊れるわけねえだろ」
その瞬間、微かに一歩の身体が震えた気がした。
「うん……そうだね……」
その声に泣きそうな響きを感じたのは、宮田の気のせいだったのだろうか。



壊れる日は、いつかやってくるのかもしれない。
だけど、それでもいい、と思う。
壊れてしまっても、修復する手掛かりを自分達は得ているはずだから。
真っ白なパズルの中のサインのように。



宮田は2人分のサインを見つめながら、一歩を抱き寄せる腕に強く力を込めた。







なんか微妙に暗い感じのものに仕上がりました。
書いてる間のテーマは『不安』だったんですが、ちょっとでも伝わりましたでしょうか。
正直、今回のSSは一歩にしては遠回しかなと思ったんですが、たまにはこういう時もあるかなと思いまして。

2006年7月24日UP

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