※注:このSSの中での宮田くんは、半端でなく変人です。
どんな宮田くんでも許せる! 愛せるわ! ……というお心の広い方のみご覧下さい……。






009:迷走

とうとうこの日がやってきた。
8月27日。
宮田一郎の誕生日である。

この日、宮田には、ある1つの目標があった。
それは、あのツンツン頭のインファイターに「宮田くん、誕生日おめでとう」と言わせる事である。
言わせなくとも勝手に言いに来るのではないかという意見もあろうが、あいにく一歩は未だ宮田の誕生日を知らないはずだ。
宮田としても正直誕生日など今まではどうでも良かったのだが、やはり想う相手が出来れば祝って欲しいと考えるようになる。
しかし、だからといって宮田が自分から一歩に誕生日の事を切り出すなどという事は出来ない。
そこは、宮田のプライドの問題である。
まして、鷹村や木村に頼むなど論外だ。
となると、色々と計画が必要になるのである。

まず、偶然を装って一歩に会いに行く。
もちろん、一歩の今日の予定はさりげなく調査済みだ。
そして、会ったら2人での会話に持ち込み、とりとめのない事を話したりする。
誕生日の話題に持っていくのに、決して「誕生日」という単語を使用してはならない。
一歩の鈍さから考えれば杞憂だとは思うが、万が一にも宮田の目的を悟らせるわけにはいかないからだ。
何気なく街中に誘導して、オープンケースで見本を飾ってあるケーキ屋の前などを通りがからせるといいかもしれない。
一歩の事だからケーキなど、それこそ誕生日かクリスマスくらいしか食べる事はないだろう。
ケーキの話題を上らせれば、そこからバースデーケーキなどを連想させ、一歩に「誕生日」という言葉を意識させる事は可能であるはずだ。




『でも、ボクサーやってると、誕生日でもケーキとか余り食べられないよね』
『節制の最大の敵みたいなもんだからな』
『だよね。……そういえばさ、宮田くんって誕生日いつなのか……訊いてもいいかな』
『誕生日? オレのか?』
『う、うん。あ、ごめん、嫌ならいいんだけど』
『…………今日』
『え?』
『今日。8月27日』
『嘘! き、今日が誕生日なの!?
『嘘ついてどうすんだよ』
『あ、そ、そうだよね。……知ってたらプレゼント用意したのにな……ごめんね』
『……今、こうしてお前と歩いてるだけでいいけどな』
『…………え…………? い、今、何て言ったの?』
『二度と言うか』
『そ、そんなぁ……。…………あの、さ……宮田くん……』
『何だよ』
『ボク……何もプレゼント用意できないから……だから、だからっ……!』
『幕之内……?』
『プレゼント……ボク……じゃ、ダメかな……』
『……いいのかよ?』
『うん……宮田くんなら……ボク……!』




もしも宮田の思考を覗ける人間がいたとすれば、そんな展開は天地がひっくり返っても有り得ないだろうと冷静にツッコめたかもしれない。
しかし、幸か不幸かテレパス能力者はその場におらず、宮田の頭の中で展開するめくるめく妄想を止められる者は誰もいなかった。

そんな宮田の脳内劇場が佳境に差し掛かった頃、玄関のインターホンが軽快な音を響かせた。
ああ、そういえば出掛けようとしていたところだった……と、宮田はようやく我に返る。
インターホンではなく直接出てしまおうと玄関に向かうまでの間、宮田はこの不意の来客をどう追い返そうかと考えていた。
ハッキリ言って、無駄な時間を過ごしている暇はない。
一刻も早く一歩を捕まえなければ、計画が台無しだ。
父の来客なら不在を理由に、自分への客なら適当に理由をつけて帰らせてしまおうと、宮田は玄関のドアを開けた。

そこにいた予想外の人物に、宮田は思わず我が目を疑った。
「お前……」
「あ、み、宮田くん! こんにちは!」
そう、そこに立っていたのは、今の今まで宮田の思考を占領していた幕之内一歩だったのである。

何故一歩がここに……などと考えるよりも先に、今の宮田の内心では天使がラッパを吹きつつ踊り狂っている。
捕まえる手間が省けたウェルカム幕之内などと思いつつ、表面的にはいつもの無表情でそっけなく「何の用だよ」などと言ってみる。
一歩はというと、ほんのり頬を染めたまま何かを迷うように視線をさまよわせている。
その余りの可愛さにいっそ襲ってしまいたくなるが、そこは宮田としても弁えている。
襲うのは、一歩の心を掴んでから。
そう自分に言い聞かせ、宮田は一歩に気付かれないように静かに深く呼吸をする。

宮田がそんな葛藤をしている間に、何やら決心をつけたのか、一歩がパッと顔を上げた。
「宮田くん! お誕生日おめでとう!」
そう言うと同時に目の前に突き付けられた箱に、宮田は一瞬反応が遅れた。

……目的は達せられた……はずなのだが、余りにもあっさりと達せられすぎて、色々と計画していた分ちょっとだけ寂しくなる。
あんなシチュエーションやこんなシチュエーションを考えていたのに……と、複雑な気分の宮田はそれでもすぐさま立ち直り、礼を言いつつ一歩からのプレゼントを受け取った。
そうだ、まだこれからだ。
ここはとりあえず、一歩を家に上げてしまおうと考える。
計画の前半部分は置いておいて、後半部分を達成すべく宮田は気持ちを入れ替える。



『幕之内、良かったら上がってくか?』
『いいの? 迷惑じゃ……』
『迷惑なら誘うかよ。……プレゼントの礼代わりに、茶ぐらい出すぜ』
『そ、それじゃあ、お邪魔しようかな』



これだ。

宮田は内心で気合いを入れると、一歩に視線を向ける。
「まく……」
「あ、ボク、早く戻らなきゃ! 釣り船の予約が入ってるから!」
一歩は腕時計を見ると、焦ったようにくるりと踵を返した。

「お、おい、幕之内……」
「それじゃあ、またね宮田くん! ホントに、誕生日おめでとう!」
振り返って満面の笑顔でブンブンと手を振ると、一歩は瞬く間に走り去ってしまった。





残された宮田の周りには、ひゅるりらと夏の風が吹き抜けていた。







何かもう…………ごめんなさい。
完全に趣味に走った代物ですが、同好の士の方はいらっしゃいますか。
こんなん書いてますが、私は宮田くん最愛です。信じて下さい。
ちなみに、何が「迷走」なのかって、それはもう…………宮田くんのキャラクターが。

2006年8月27日UP

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