011:リップクリーム

窓を開けて雲一つない青空を眺めると、ロキはホッと息をついた。
天気予報が外れてくれた事に、心底安心する。
今日は、今日だけは、何が何でも晴れてもらいたかったのだ。

1週間ほど前の事だ。
いつもの如く学校帰りに燕雀探偵社に入り浸っているまゆらが、ロキをハイキングに誘ったのは。
今度の日曜日に一緒にハイキングに出掛けよう、と楽しそうに話すまゆらに、ロキは今は依頼もなくて暇だからという理由でOKをした。
ドアの傍で闇野がクスクスと笑っていたのには、わざと気付かない振りをした。



闇野が作ってくれたお弁当をリュックに入れ、ロキはまゆらを迎えに行った。
何度か訪れた事のある神社の境内を通り、まゆらの自宅へ向かう。

「あ、ロキくん!」
玄関の前には、もう既にまゆらが立っていた。
「やあ、まゆら。おはよう」
「おはよう、ロキくん。絶好のハイキング日和だね!」
はしゃいだように話すまゆらに、ロキも嬉しくなって笑う。
「当たり前じゃないか。ボクの日頃の行いの良さから考えれば」
本当はそれを言うならまゆらのおかげだろうと思うが、それは口には出さなかった。

ふと、目の前のまゆらがいつもと違う気がしてじっと見つめる。
「……まゆら、ひょっとして口紅つけてるの?」
「え? く、口紅じゃないよ。ただの色付きリップだよ」
ロキには今いちその違いが分からないのだが、まゆらには珍しいそれにまじまじと見つめてしまった。
あんまりにもロキがじっと見ていたからか、まゆらの頬が少し染まっている。
「え、えっとね、これ、味がついててね。苺味なんだよ」
「へえ。そんなのがあるんだ」
それでもまだ見ているロキに、まゆらは後ろを向いて家の中を覗き込んだ。

「じゃあパパ、行ってきます」
まゆらが振り返った先を見ると、そこには案の定、苦虫を噛み潰したかのような顔をしたまゆらパパがいた。
ロキもまゆらの横から顔を出し、まゆらパパに挨拶をする。
「おはよう、まゆらパパ。今日はまゆらを借りてくよ」
「……くれぐれも、まゆらにケガはさせるなよ。ついでに妙な気も起こさんようにな」
そう釘を刺したまゆらパパに了解の意思を告げ、ロキとまゆらは家を出た。




お昼が近くなってきた頃には、ロキとまゆらは目的地である小高い丘に到着していた。
周りを見ると、家族連れやカップルが何組か離れたところに見える。
闇野の作ったお弁当を食べた後、ロキとまゆらは辺りを散策したりして時間を過ごした。

歩き過ぎて疲れたのか、まゆらが広い芝生の上に座り込んだ。
「あ〜、気持ち良い〜」
そう言って、まゆらはゴロンと寝転がってしまった。
「まゆら、寝転がるなら敷物を敷いてからにしなよ」
「でも、この方が背中があったかいよ? ロキくんもやってみなよ」
心底気持ち良さそうに笑うまゆらを見て、ロキもまゆらの隣に横になってみた。

確かに、陽射しで暖められた芝生の熱が背中に伝わって心地良い。
さわさわと吹く風に髪を遊ばせながら、ロキは少し目を閉じてみた。
こんな風にのんびりした気分になるのは久し振りかもしれない。
そしてそれはきっと、まゆらが隣にいるからだろう。

「……まゆら」
そう声を掛けたものの返事がなく、ロキは半身を起こしてまゆらを見た。
目を閉じて規則正しい寝息を立てているまゆらに、ロキは苦笑する。
「ホントにまゆらは子供だなぁ」
無防備な顔で眠るまゆらの髪を、ロキはくるくると指先で弄ぶ。

すやすやと眠るまゆらの、ほんのりとピンク色をした口元に目が止まった。
『えっとね、これ、味がついててね。苺味なんだよ』
出掛けに聞いたまゆらの言葉を思い出すと、ロキは悪戯めいた微笑みを浮かべた。

微かに触れる程度に唇を合わせ、まゆらの唇をほんの少し舌で撫でる。
「……本当に苺味なんだ」
クスリと笑うと、ロキはもう1度寝転がり、ゆっくりと目を閉じた。







どさくさに紛れて何やってんだ、ロキ(笑)
まゆらパパに知られたら殺されるでしょうね、これ。
でも、まゆらがリップを付けたのもきっとロキとお出掛けだからなんですよ。
どんなに普段ぼけぼけしてても、そこはまゆらも女の子ですから!

2005年12月10日UP

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