自分の中にある不可解な感情に気付いたのは、一体いつだったのだろう。
最初は、本当に鬱陶しいという感情しか抱いてはいなかった。
何処に行くにもついてくるし、無視しようとすれば名前を呼んで掴まえる。
それで大喧嘩をした事も、1度や2度じゃ済まない。
それにすっかり慣れてしまった頃、勘太郎が体調を崩して寝込んだ事があった。
看病はヨーコがして、春華は久々に1人の時間を手に入れる事が出来た。
今日明日くらいは、べたべたとまとわりつかれる事もない。
春華は自分に与えられた部屋で、大きく身体を伸ばした。
しばらくは、久し振りの静かな休息の時間を何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。
だが、どうにも退屈で仕方がない。
それならばと、羽根を出して外へと出掛けた。
しかし、空を飛び回っても、街に下りて歩いてみても、一向に退屈な気分は晴れない。
街には楽しいものが溢れているのに、どれもこれもつまらない。
少なくとも、前に勘太郎に連れられて来た時は、それなりに興味深いものもあったはずなのに。
特に収穫もなく家に戻った春華は、何となく勘太郎の部屋に向かった。
部屋に入るとヨーコの姿はなく、勘太郎が布団に横たわっていた。
「あ、春華。どうしたの?」
「……ヨーコは?」
「お粥作るからって材料買いに行ったよ」
「ふうん……」
小さく呟くと、春華は勘太郎の布団の傍らに腰を下ろす。
勘太郎はそんな春華を少し意外そうな目で見ていたが、すぐに相好を崩した。
「ひょっとして春華、ボクを心配して来てくれたの? 嬉しいなぁ」
「……別に、心配なんかしてない」
それは本当だ。
ただの風邪。医者もそう言っていた。2〜3日もすればすぐに治る。
なら、どうして。
どうして自分は勘太郎の部屋に来たのだろう。そして、こうして座っているのだろう。
久し振りに得た勘太郎のいない自由な時間を、どうして自ら放棄してしまったのだろう。
どうして…………コイツが傍にいないと物足りない気分になるのだろう。
こんな、ばかげた想い。
人間の傍にいる事を望んでも、そんな望みは不毛でしかない。
そう遠くない将来、きっと別れはやってくる。
いくら勘太郎がずる賢くてしたたかで法力の腕がたっても、所詮は脆い人間なのだから。
いつか、朽ち果ててしまう。
春華を置いて。
それなら、最初から受け入れなければいい。
全てを心の中から弾き出していれば、失っても悲しくなんかない。
永い時間を生きてきた春華は、いつからか誰かを受け入れる事を拒否した。
どうせ失ってしまうものに心を砕くなんて滑稽じゃないか、と。
「……春華? どうしたの、春華もどこか身体の具合悪いの?」
不意にかけられた言葉に、宙に浮いていた春華の視線が勘太郎に向く。
突然の質問の理由を訊いてみると、何だか辛そうな顔をしてるから、という答えが返ってきた。
それを聞いて、春華の目が軽く見開く。
「……別に、何でもない」
横を向いて勘太郎から視線を外しつつ、春華は意識していつもの表情に戻す。
「そう? ならいいけど……」
まだ心配そうな勘太郎の額をポンポンと軽く叩く。
「喋ってねえで寝ろよ。いつまで経っても治らねえぞ」
その春華の言葉を受けて、勘太郎はゆっくりと目を閉じた。
ふと見ると、布団からはみ出した勘太郎の手が春華のコートの端を握っていた。
子供みたいだな、と思いながら春華はその手に触れた。
この暖かい手を失う日は必ず来る。
それが分かっていても、この手のぬくもりが痛いほどに心地良かった。
春華は今までに何人もの主人との別れを経験してる事と思います。
だから、置いて逝かれる事が分かっているから好きになんてなりたくないんだろうなぁと。
でも、それでも惹かれる事は止められないんですよ! 勘ちゃんてば罪作り……。(阿呆)