014:砂漠の花

「うっわー、すっげー砂!」
砂避けの布を被ってもなお防ぎきれない砂塵に、悟空は抗議するように叫ぶ。
「今日は風が強いですからねぇ」
困ったように八戒が答えるが、三蔵は相当不機嫌らしく黙ったままだ。
砂漠でまず思い出すのは、あのサソリ妖怪の一件であろうからそれも無理はない。
「しっかし、鬱陶しいったらねえな。他に道なかったのかよ」
げんなりといった様子の悟浄に、八戒は苦笑する。
「仕方ないですよ、他のルートだとジープが通れませんから。徒歩になってもいいなら別ですが」
「……それはパス」
「なら、我慢して下さいね。今日中には抜けられるはずですから」
「へーい……」
気のない返事をすると、悟浄はバサリと布を被り直した。

そうしてどれくらい走っただろうか、悟空がジープの上で立ち上がった。
「あ! あそこ、木が生えてる!」
悟空の指差す方向を見ると、確かに幾つかの樹木が群生しているのが見える。
「ああ、オアシスですね。丁度お昼時ですし、あそこで一旦休憩を取りましょうか」
八戒の提案に悟浄と悟空が即座に賛成の意を示す。
三蔵は相変わらず無言だが、異論を唱えないという事は賛成なのだろう。
そう判断した八戒は、オアシスの方へとハンドルを切った。



昼食を摂った後、それぞれしばしの休憩を取る。
見ると、少し離れたところで悟空が何やらしゃがみこんでいた。
八戒はゆっくりとそちらに近付くと、驚かさないように気を付けながら声をかける。
「悟空。どうしたんですか?」
「あ、八戒。……ほら、これ」
悟空の指す先にあるのは、小さな黄色い花。
「ああ、綺麗な花ですね」
「うん、砂漠にも花って咲くんだな」
ゆらゆらと風に揺れる花を見つめながら、悟空は呟く。
「そうですね。異常気象でまとまった雨が降ったりすると、眠っていた草花の芽が一気に吹いて花畑のようになる事もあるそうですよ」
「砂漠の花畑かぁ……。いっぺん見てみたいよなー」
「ええ……でも、こうしてオアシスにひっそり咲く花も綺麗だと思いますよ」
「うん、俺もそう思う」
そう八戒に笑いかけると、悟空は再び花の方に視線を戻した。

そんな悟空を、どこか眩しげな眼差しで八戒は見つめていた。
砂漠に咲く花。
それは、まさに悟空そのものであるように思う。
どんなに過酷な状況に置かれても、潤してくれる水が極端に少なくても。
それでも、萎れずに力強く健気に咲く花。
その強さは、見せかけの強さではなく、根底を支える強さ。

あの頃、必死に強がっていた自分の脆さ。
それを知っていると思いながら、本当は気付いていなかった。
今にも崩れそうだった八戒を引っ張り上げてくれたのは悟浄と三蔵で、何気ない言葉と笑顔で支えてくれたのは悟空。
自分だけではなく他人まで支えられる悟空の強さが、八戒の心に焼き付いた。



八戒は、花を見つめている悟空を後ろからそっと抱き込むように手を回した。
「は、八戒!?
悟空のうろたえたような声に、八戒は少し笑う。
「……何だか、無性に悟空に抱きつきたい気分になったんです」
「あ、でも、悟浄達が……」
またからわかれると思ったのだろう、悟空が悟浄と三蔵のいる方を気にしているのが分かる。
「大丈夫ですよ、あっちも僕らの事なんて見てませんから」
クスリと笑ってそう言うと、悟空も思い至ったようで逃れようともがいていた動きを止めた。

大人しくなった悟空を、ギュッと力を込めて抱きしめる。
大切な人を失って乾き切っていた心に、暖かなその手で水をくれた人。
その水はやがて浸透し、奥深くに眠っていた愛情を芽吹かせた。
蕾のまま摘み取るしかないと思っていたその花は、咲くチャンスを与えられ。
今、八戒の中にはあの頃には思いもしなかった美しい花が咲いている。

悟空がずっと傍にいてくれたならば、きっとこの砂漠は花畑となるだろう。
それを見せてあげる事が出来るとしたら、どんなにいいだろうと思う。
八戒がどれほど悟空を好きか、そうしたら分かってくれるだろうから。

「……好きですよ」
耳元で囁くように、八戒は呟く。
「八戒……」
「悟空の事が、誰よりも好きですよ」
砂漠を花で満たせると信じられるくらいに。

「俺も、八戒が大好きだよ」

八戒に凭れてきた悟空の呟きに、八戒は表情を綻ばせて目を閉じた。
心の奥で、小さな花がもう1輪咲いたのを感じながら。







はっきり言ってしまうと、余りのポエミーさに書きながらちょっと恥ずかしかったSSSだったり。
目指せラブ甘。そんな感じで書きました。
悟浄と三蔵は何してんだ、とお思いかもしれませんが、そこはそれ、深く追求なさらずに。

2006年7月14日UP

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