017:ワイシャツ

昼食後、買い出しも済んでお茶を飲みつつ一息をつく。
街から大分外れたところにあるこの一軒家では、こうしてじっとしていると聞こえる音は鳥のさえずりと木々のざわめきくらいだ。
普通ならとても落ち着く良い環境なのだろうが、八戒はこの静けさが余り好きではなかった。
静かすぎる時間は、自らの思考に沈み込む要因になるからだ。

既に許され、自由の身になったとはいえ、自分の心までが自由になったわけではない。
いや、以前に比べれば遥かに自由を得たのかもしれない。


──悟浄と出逢ってから。


彼と、そして三蔵や悟空と出逢った事で、八戒を縛り付けていた呪縛は緩んだ。
しかし、それでも完全にほどけてしまったわけではない。
未だに、八戒の心には拭い切れない闇がところどころに残っている。

悟浄が一緒にいる時は、そんな事にも気付かないほどの暖かさが八戒に満ちる。
冗談めいた口調と時々見せる真摯で優しい瞳が、八戒の心を暖めてくれる。
だけど、彼が、悟浄がいなくなった途端、冷えた隙間風が八戒に滑り込むのだ。

悟浄が出かけるところは、大抵賭場か女性のところ。
それを知っている分、余計にその隙間風は冷たさを増す。
悟浄が何処に行こうと、八戒に口を出す権利はない。
自分はここに置いてもらっているだけの居候に過ぎないのだから。

自分の想いなど、悟浄にとっては重荷になるだけだ。
だから、決して口に出してはいけない。そんな素振りを見せてはならない。
今の生活を続けたいから。このささやかな幸せを壊したくないから。

八戒は飲んでいたお茶をコトリと置くと、立ち上がってリビングを出た。
悟浄の部屋をそっと開ける。
余り乱れた様子のないベッドの上には、脱ぎ捨てられたワイシャツが放ったらかしにされていた。
「……仕方ないですね、悟浄は」
八戒は小さく苦笑すると、そのワイシャツを手に取る。
少しの間そのワイシャツをじっと見つめていたが、八戒は眉を少し寄せると、両手でワイシャツを抱きしめた。

微かに煙草の匂いがした。
一緒に暮らすようになってから、すっかり慣れてしまったハイライトの匂い。
それは、八戒にとっては悟浄の匂いだ。
こうして悟浄の匂いに包まれていると、まるでそこに悟浄がいるかのような錯覚を起こす。
知らず八戒の表情が穏やかになっていく。
しかし、煙草の匂いに混じって届いた香りに、その表情が硬くなった。

それは、甘い香水の香り。
明らかに女性の纏う香水の香りに、ワイシャツを持つ手の力が強まる。
悟浄は、このシャツを着て女性を抱きしめたのだろうか。
八戒の知らない女性を抱きしめて、甘い言葉を囁いて。
そうして…………。

そこまで考えて、八戒はハッと我に返ると、キツく口を結ぶ。
自分は何を考えているんだろう、と思う。
八戒は悟浄の部屋を出ると、脱衣所に向かう。
ワイシャツを洗濯機に放り込むと、他の洗濯物と一緒に洗う。
音を立てて回る洗濯機を、八戒はその前に立ったまま見つめる。

目の前の洗濯機が、少し歪む。
見る見るうちに歪みは大きくなっていき、頬に一筋、温かいものが伝った。







初めて浄八を書きました。
でもこれじゃ、浄八というより浄←八みたいですね(汗)
まあ、想いが通じ合う前なんで仕方ないといえば仕方ないかと……。
悟浄は悟浄の葛藤とかあって、お互い想いを悟られないようにしてるからすれ違いばかり。
でも、一旦くっついてしまったら、んもうラブラブ。カカア天下のツーカー夫婦。
私の中の浄八イメージはそんな感じです(笑)

2004年4月2日UP

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