018:悪女

それは、ほんのちょっとのヤキモチ。





「ほら、勘ちゃん! もうすぐ〆切なんでしょ!」
出かけたがる勘ちゃんの袖を引っ張って、私は強引に勘ちゃんの部屋まで戻らせた。
「まだ2日もあるじゃないか〜」
まだ諦めていないらしくて、勘ちゃんは何とか外に出ようとジタバタしてる。
「『まだ2日もある』んじゃなくて、『もう2日しかない』の!」
「ヨーコちゃーん……」
情けない顔で私を見つめる勘ちゃんの目に、ちょっとだけ絆されかけたけれど……。
「ダメ! そんな事言って、いっつもレイコさんに迷惑かけてるんだから!」
プイ、とわざと顔を背けて、そんな気持ちを抑え込んだ。

しばらくは勘ちゃんも「うー」とか「むー」とか唸ってたけど、やっと諦めてくれたみたい。
大人しく机の前に座って、原稿用紙を広げてくれた。
私はそんな勘ちゃんの後ろ……部屋の隅に、そっと正座で座り込む。
それに気付いて勘ちゃんが、後ろを振り向いて首を傾げた。
……普通、いい年した男がこんな可愛い仕草をするものなのかしら。
「ねえ、ヨーコちゃん。春華は?」
その疑問は、当たり前だと思う。
だって、春華ちゃんがこの家に来てから、勘ちゃんが原稿を書く時の見張り役はいつも春華ちゃんだったから。

だけど、今日は違う。
「春華ちゃんには、お使いを頼んだの」
その私の言葉に、勘ちゃんはしめた、とでも聞こえてきそうな顔で笑う。
「そう、それじゃあ仕方ないね。ボクは原稿書いてるから、ヨーコちゃんはバイト行ってきて」
そんな顔で言われても、「サボります」と言ってるようにしか聞こえないよ勘ちゃん。
だから私はいつもよりもニッコリと笑ってみた。
「大丈夫、今日はバイト休みだから。ずっとここで見守ってるから安心してね」
「ええっ!?
「……なーに、勘ちゃん。何か都合の悪い事でもあるの?」
勘ちゃんの考えてる事なんて全部分かった上で、わざとそんな事を言う。
そしたら、勘ちゃんも「そうです」なんて言えないのを分かってるから。
「え、あ、いや、そんな事ないよ! うん!」
ほら、やっぱり。
「じゃあ、気にしないで。早く原稿仕上げちゃってよね、勘ちゃん」
ニコニコと笑う私が怖いのか、勘ちゃんはひきつった顔で返事をして諦めたように机に向かった。





うんうんと唸ったと思えば、サラサラと筆を走らせたり。
予想してたよりも真面目に原稿を書いている勘ちゃんの背中を、私はじっと見つめていた。
こんな風に勘ちゃんと2人で過ごすのなんて、何ヶ月ぶりかな。
春華ちゃんがここに来てから、勘ちゃんはずっと春華ちゃんと一緒だったから。
どこに行くにも、いつも春華ちゃんを連れ歩く。
家の中でも、姿が見えなくなると「春華」「春華」と名前を呼ぶ。

私だって、勘ちゃんの家族なのに。

春華ちゃんが来てから、勘ちゃんから「ヨーコちゃん」が減って「春華」が増えた。
当たり前だけど、私も春華ちゃんが大好き。
単純で意地っ張りだけど、いつも私を気遣ってくれるし優しいもの。
大好きだけど、あんまり勘ちゃんが春華ちゃんばっかりを構うから。

春華ちゃんがいれば、勘ちゃんには私はもう要らないの?
そんな風に思った事もあるなんて、勘ちゃんも春華ちゃんもきっと知らない。
口に出したら、絶対に勘ちゃんは「そんなわけない!」ってすっごく怒るの分かるから言った事はないけど。
うん、分かってるの。そんな事は絶対ないんだって。
勘ちゃんは私の事もずっと大事に思ってくれてる。
だけど、ほんの少し淋しくなってもしょうがないじゃない。
いっつも勘ちゃんは春華ちゃんを連れて出て行って、私はいっつもお留守番なんだもの。

ずっと独りで寂しかった。
寂しくて寂しくて、人間を化かしたりして偽物でもいいから家族が欲しかった。
ただ、誰かに傍にいて欲しかった。
だから、勘ちゃんが「ボクの家族にならないかい?」って言ってくれた時、たまらなく嬉しかった。
勘ちゃんは私に、偽物じゃない、本当の『家族』をくれたの。
その時から、私は勘ちゃんが大好き。だって、私の大切な家族だもん。

そして、春華ちゃんも大事な家族。
でも、やっぱり勘ちゃんは私にとって特別なんだよ。
初めて手を差し伸べてくれた人。妖怪としての私に笑いかけてくれた人。

勘ちゃんが春華ちゃんを大好きなの知ってるし、春華ちゃんだって口では色々言っててもちゃんと勘ちゃんを守ろうとしてる。
2人の絆がどんどん強くなっていくのを、ずっと間近で見てきたんだもの。
少し淋しいけど、そんな2人が帰ってこれるこの家を守れるのはきっと私だけ。
勘ちゃん達が笑って「ただいま」って帰ってくるのを、出迎えるのは私の役目。

だから、私はいつも通り勘ちゃんと春華ちゃんを見守ってるよ。
いつだって、どんな時だって、私は2人の味方だよ。



それはきっとずっと変わらないから。
だから今日1日だけ、ちょっと意地悪してもいい?
なんて、勘ちゃんに淹れたてのお茶を運びながら、私は心の中でそっと呟いた。
「ねえ、ヨーコちゃん。春華、遅いね」
「うん、そうね。でも、もう帰ってくるんじゃない?」
そんなわけない、春華ちゃんはまだしばらく帰ってこないよ。
春華ちゃんには、思いつく限りいっぱいお使い頼んだもの。
多分、今頃たくさん荷物抱えて町をウロウロしてる。
だって、すぐに帰ってきちゃったら、この場所を春華ちゃんに返さなきゃいけなくなるから。

今日くらい、私が勘ちゃんを独り占めしたっていいよね?
勘ちゃんが春華ちゃんと居たい事も、春華ちゃんが勘ちゃんと居たい事も知ってるけど。
わざと引き離した自分に、ちょっと罪悪感も感じるけれど。
でも、今日の勘ちゃんはずっと私が見てるの。






ごめんね。勘ちゃん、春華ちゃん。
明日からは、いつもの私に戻るから。

今日だけ、我侭な女の子でいさせてね。







久々のヨーコちゃんです。しかも一人称。
……あれ? 全然「悪女」っぽくない……。予定ではもっと、こう……。
ヨーコちゃんの精一杯の「悪女」がコレなんですよ、きっと。
しかし、書いてて思いましたが…………ヨーコちゃん好きだー!

2007年10月17日UP

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