020:偶然

大阪行きの新幹線の座席に座りながら、宮田は窓の外を眺めていた。
いくら自らの戦いの場が東洋太平洋であるとしても、自分の階級の日本チャンピオンが誰になるのか、そしてその強さはどれほどのものなのか、それは知っておくべきだ。
そう考えて、宮田はわざわざ大阪まで千堂とヴォルグの王座決定戦を観に行く事にした。
……というのは、紛れもなく本心だ。それに嘘偽りはない。
だが、この試合を観に行くであろう人物の事が足を運ぶ要因になった事も事実。

千堂もヴォルグも、かつて一歩と戦い、敗れていった2人だ。
この2人の対決を、一歩自身が誰よりも気にしているのは間違いない。
一歩が自分以外のボクサーにそんな強い関心を示す事自体も気に入らないが、この2人が一歩にやたら馴れ馴れしくしているのもムカつく。
千堂もヴォルグもリングの外では基本的に人懐っこいため、一歩もさほど警戒した様子がない。
日本に帰国してからというもの、時には木の陰から、時には塀の角から、こっそりそんな様子を目撃するたびに思うのだ。

 てめえら、馴れ馴れしいんだよ! ベタベタ触ってんじゃねえ!
 幕之内も少しは警戒しろよ! 無防備にも程があんだろ、バカ野郎!
 そいつらの下心が分かんねえのか!?
 そんな満開の笑顔を惜しげもなく振り撒いてんじゃねえよ! 可愛いじゃねえか、ちくしょう!

…………と。
もちろん、それを口に出す宮田ではない。
特に一歩の前では、常にクールな態度を崩さない。
高すぎるプライドを持つと大変である。


大阪に到着すると、宮田はホームで前の車両に乗っていたはずの一歩の姿を捜した。
あのツンツン頭が、すぐに見つかる。
さりげなく声をかけようと試みるものの、なかなか成功しない。
コツは、タイミングとハート。
そんな言葉を思い出しつつ、宮田はタイミングを計りながら一歩の数メートル後を歩いていた。

結局タイミングを掴めないまま、大阪府立体育館に到着してしまう。
どうしたものかと思っていると、一歩が千堂の応援団に見つかって囲まれていた。

チャンス!

宮田は密かに拳をグッと握ると、出来るだけ何気ない足取りで一歩の元へと向かった。

助けに入った時の一歩の驚きようは、宮田にとって予想通りだった。
そして、頬を染めて自分をポーッと見ている一歩の姿に満足する。
掴みはOKだ。
そのまま、さりげなく一歩を促す。そう、あくまで自然に。
一歩が宮田に駆け寄ってくるのを確認して、歩き出す。

会場に入ってからも、一歩は絶え間なく宮田に話しかける。
「助けてくれてホントにありがとう、宮田くん。
 でも、あんなに人がいっぱいのトコで会うなんて凄い偶然だよね」
宮田に会えた事が余程嬉しいらしく、一歩はニコニコと笑っている。
「ああ……そうだな」
そんな一歩の言葉をサラッと流しながら、宮田の内心は別の事を考えていた。

 偶然? あのタイミングで偶然なワケねえだろ!
 何でそんなに鈍いんだよ。ちょっとは「もしかしてボクの事を……?」くらい思えよ。
 って、こんな場所でその笑顔は止めろ。他の男どもの目ぇ引いてんじゃねえかっ。
 お前、その笑顔はデンプシー・ロール並みの破壊力があるって事を、いい加減自覚してくれ……!

そんな事を考えつつも、表情は全く崩さない。
いつもの、一歩が見惚れる端正なその顔は、感情を読み取らせないポーカーフェイスのままだ。
宮田がそこまでポーカーフェイスを保つ理由は何故か。
それは、一歩に対しては『クールで格好良い宮田くん』という姿であり続けてみせるという意地である。
時折一歩のデンプシーばりの笑顔の破壊力に崩れそうになるものの、今のところ鉄壁のディフェンスでその意地を守っている。
後は、機を見て一歩にカウンターを入れる事が出来るか、だ。


待ってろよ、幕之内。いつかジョルトでKOしてやるからな。
宮田は一歩を視線の端に留めたまま、そんな決意を改めて固めた。







ごめんなさい。

宮田くんが……宮田くんが変な人だ……。
信じてもらえないかもしれませんが、私は宮田くんが大好きです。
というか、『ジョルトでKO』って何するつもりなんだ、貴公子……。

2004年4月10日UP

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