023:救済

「ロキくんって凄いよね」
闇野が淹れた紅茶を飲みながら唐突にそんな事を言い出したまゆらに、ロキは読んでいた本から目を離した。
「何、突然どうしたの、まゆら。そんな当然の事に、今更気付いたの」
手にしていた本を机に置き、ロキは少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
そのロキの笑みを見て、まゆらは少し膨れたような表情をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
そして、ソファに腰掛けた身体を少しロキの方へと向け、紅茶をテーブルに置いた。

「だって、いっぱいミステリ〜な事件を解決して、色んな人を助けてるじゃない」
何故だか誇らしげに言うまゆらに、ロキはクスクスと笑う。
「何でそんなにまゆらが嬉しそうなのさ」
「だって嬉しいんだもん」
まゆらが言った事は今いち質問に対する答えにはなっていないのだが、ロキにはそんな事なんてどうでも良かった。
ロキの事でこんな風に笑うまゆらが、嬉しかった。
その事に対してまゆらから同じ問いを返されても、ロキもきっと答えられないだろうから。


まゆらは、ロキが色んな人を助けている、と言った。
でも、正確にはそれは違う。
ロキが事件を解決して人々の魔を祓っているのは、むしろ自分のためだ。
人々の魔を祓い、その力を溜めて、いつか神界に帰るために。
まゆらはそんな事など知らないし根が単純だから、ロキの行動を疑いもしない。
その事に、時折ちくりと胸が痛む事もある。
本当は、このまゆらの笑顔を与えられる資格などないのかもしれない、と。

だけど、この笑顔はいつでもロキを救ってくれる。
そう、本当に誰かに対して救いを与えているのはロキではなくまゆらだ。
どんな凄惨な事件に関わっていても、どんなに辛い過去が苛んでも。
まゆらが見せる無邪気な笑顔は、その全てを霧散させてしまいそうなほどに光に満ちているから。
闇に落ちていきそうな自分の心を、あっさりと拾い上げてくれる。
きっと、まゆら本人にはそんな自覚なんて欠片ほどもないだろうけれど。

この笑顔を見る事が出来なくなる日が来るという事くらい、ちゃんと分かっている。
いつかは、元の身体に戻って神界に帰る時が来る。
そうなれば、もうまゆらに会う事もなくなるのだろう。
まゆらはただの人間だ。
生きる時間も世界も、本来はロキと交わる事などないはずだった。
あの時神界を追放されなければ、まゆらとは出会う事もなかったに違いない。
それでも、こうして出会った事は偶然ではなく必然なのだと思いたい。
今だけはまだ、まゆらの笑顔に救われていたいと願う事は罪なのだろうか。


「……キくん、ロキくんってば!」
間近で聞こえた声にハッと顔を上げると、すぐ目の前にまゆらの顔があった。
「うわっ」
ロキのリアクションに、まゆらは眉をハの字に寄せる。
「何よ、その『うわっ』って反応はー。失礼しちゃう」
「い、いきなりまゆらがこんな目の前に寄ってくるからじゃないか」
「何度も呼んでるのに、ロキくんが返事もしないでボーっとしてるからでしょー」
不意打ち気味のまゆらの攻撃に、ロキは多少赤くなっている顔を隠すようにぷいと横を向く。
「……ボクは能天気なまゆらと違って、色々と考える事があるんだよ」
「誰が能天気よー! こんな有能な探偵助手をつかまえて!」
「はいはい……有能な助手がいて助かってるよ……」
「あー! なんかいい加減ー!」
本格的にむくれ出したまゆらに、ロキは困ったようにまゆらの方を向く。
余りにも予想通りの表情をしているまゆらに少し笑うと、今度は真面目な口調で言う。
「本当に、まゆらがいてくれて助かってるよ」
一瞬きょとんとした顔を見せたまゆらが、僅かに首を傾げてロキに確認する。
「……本当に?」
「本当に」
そのロキの答えを聞くと、まゆらは先程までの不機嫌は何処へ行ったのか、頬をほんのり染めて嬉しそうに笑った。



今だけは、この笑顔を望む事を許して欲しい。
ロキは、心の中で誰にともなく呟いた。







初書き「魔探偵ロキ」です。しかもロキまゆです。
私はこのカップルが大好きでございます。この2人を見てると和みます。癒しです。
そしてロキにとってもまゆらの存在は癒しなんですよ!
そうだ、そうに違いない!という私の主観の元、この話が出来上がった次第です。
ビバ、ロキまゆ。

2004年5月25日UP

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