028:檻

自由を求める獣を檻に閉じ込める事は、人間の傲慢ではないだろうか。
そして、解放したつもりの自分もまた、同じ事をしているのではないだろうか。
最近、特にそう思ってしまう。


三蔵は、読むでもなく眺めているだけになってしまっていた書類から目を離す。
視線をやった先に眠っているのは、1年ほど前に拾ってきた小猿。
毛布に包まってすやすやと気持ち良さそうに眠るその姿に、三蔵も知らず表情が穏やかになる。
しかし、先程の思考が蘇るとそれは複雑なものへと変わった。

三蔵は五行山の岩牢に閉じ込められていた悟空を解放した。
解放した、つもりだった。
けれど、結局のところ、自分は今度はこの寺院に悟空を閉じ込めているのではないだろうか。
もちろんここに残る事を選んだのは悟空自身の意志だし、三蔵が強制したわけではない。
だが、それは外界に出たばかりの悟空にとって、頼る事の出来る人間が三蔵しかいないからだ。
自分はそれをいい事に、悟空を繋ぎ止めているだけなのではないだろうか、とそんな風に思うのだ。

ここでの生活は、悟空にとってはさぞ窮屈だろう。
規律が多く、偏見の目で見られ、三蔵の立場に気を遣って思うように振舞う事も出来ない。
本当は、もっと自由にさせてやりたい。
しかし、ここではそれが出来ない。
三蔵の立場などどうでもいいが、悟空への風当たりがますます強くなるのが目に見えているからだ。

いっそ、ここを出て行ってしまえば。
そうすれば、きっと悟空はもっと自由に生きられる。
その具体的な手段も、三蔵には講じる事が出来るし悟空にも見せてやれる。
それをやらないのは、自分が今の状態を失いたくないからだ。
悟空が傍にいる今の状態が余りに心地良く、それを手放す事をしたくないだけ。
それだけのために、悟空を見えない檻の中に閉じ込め続けている。


まだ、悟空は知らない。自分が三蔵の檻の中にいる事を。
しかし、成長していけばいつか必ずその檻の存在に気付くようになる。
その時、悟空が何を望むのか。
檻をすり抜けて、翼を広げて飛び立つ事を望んだなら、三蔵にはそれを止める術はないだろう。
いや、止めるなんて考える事自体が間違いだ。
三蔵に出来るのは……三蔵がすべきなのは、それを見送る事だけだ。


冗談じゃない……と、心の奥で微かに声が聞こえる。
見送るなんて出来るものか。この手を離してなどしまえるわけがないだろう、と。
違う。
離せなくても、離さなければならない。
それは、悟空を解放して外界に連れ出した三蔵の責任。
悟空に自由を与えたフリをして自由を奪うなんて事が、許されるはずなどない。

例え許されなくとも、三蔵の中にある何かがそれを望む。
縛ってはいけない。閉じ込めてはいけない。
そう分かっていても、湧き上がってくる願いは止める事が出来ない。


三蔵は席を立ち、眠っている悟空のすぐ傍に座り込む。
安心しきった顔で眠る悟空の髪を柔らかく撫でながら、三蔵は目を伏せる。




来るべき日に、お前は何を望む?




その望みを、自分は叶えてやれるだろうか。
それとも────。







あくまで保護者であろうと思いながらも、やっぱり惹かれていくのを止められないという葛藤。
って事で、ウチの三蔵は相変わらずぐちぐち悩んでます。どんよりと。
悟空が望む事なんて分かりきってるのに! 三蔵はどうしてこう心配性なのか。

2005年12月17日UP

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