時計の音が静かに時を刻んでいる部屋の中で、規則正しい寝息が八戒の耳に届く。
ベッドに入ってほんの数分で眠ってしまった悟空に、八戒は優しい笑みを向けた。
悟空の眠るベッドにそっと腰掛け、悟空の寝顔を見つめる。
その無邪気な寝顔を見ていると、心が暖かなもので満たされる気がする。
それはきっと、悟空だからこそ出来る事。
自らも心に深い傷を持ちながらも、誰よりも純粋で優しく在れる悟空だから。
八戒の血にまみれた心ですらも、救い上げてくれたのだ。
八戒は、右手を伸ばして悟空の前髪に触れる。
悟空を起こしてしまわないように慎重に、その柔らかな髪を撫でる。
それだけでも、八戒にとっては限りなく幸せな時間なのだ。
その悟空の寝顔が笑っていて、きっと良い夢を見ているのだろうと思う。
お腹一杯に美味しいものを食べる夢でも見ているのだろうかと、八戒にも微笑みが浮かぶ。
そうしてゆっくりと髪を撫でていると、悟空が小さく動いた。
起こしてしまったのだろうかと、八戒は少々慌てて手を引いた。
悟空は少し身じろぎすると、小さな声で呟いた。
「……さ……ん、ぞー……」
そう呟いたっきり、悟空はまた寝息を立て始めた。
どうやら起きたわけではなく、ただの寝言だったようだ。
だが、その寝言は瞬く間に八戒の表情を固く凍らせてしまった。
こんなにも幸せそうな寝顔で、幸せそうな声色で。
自分ではない人の名前を呼ぶ。
その事が、悟空に愛されているのは自分ではないという現実を八戒に突き付ける。
分かっていたはずの事。
それなのに、こんな何気ない一言すら鋭い棘になって八戒の心に突き刺さる。
どんなに想っていても、悟空の特別な愛情が向けられる人物はただ1人。
それはきっと、この先もずっと変わらない。
この数年、2人の絆を嫌というほど見せつけられてきたから分かる。
悟空の心の向く先が変わる事は、決してない。
それが分かっていても悟空の傍にいる事を選んだのは、八戒自身だ。
悟空が辛い目に遭わないように。
悟空が悲しい思いをする事がないように。
ただ、幸せでいてくれるように。
愛される日は来なくても、悟空がずっと笑っていてくれればそれでいい。
八戒は悲しげに微笑むと、悟空の布団を掛け直してその頬に短いキスをした。
八戒片想い話です。なんか久しぶりに書いた気がします。
シリアスで書くと、ウチの八戒はとても献身的です。
悟空の幸せ最優先。それだけに、万が一三蔵が悟空を泣かそうものなら……あわわ。