031:言い訳

アパートの外階段を上っていく久美の足取りは軽い。
耳を澄ませば、小さくではあるが明るい鼻歌すら聞こえそうだ。
久美のそんな上機嫌の理由は、すぐ後ろを歩いている一歩だった。

試合のダメージを抜くために休養中だと聞き、思いきって家に誘ったのだ。
今までに家に招待した事はあるものの、やはり勇気が要る。
それだけに、OKしてもらった事がとても嬉しかった。
しかも、今日は兄も仕事で遅くなると言っていた。
一歩との仲を進展させるには、今日は最大のチャンスなのである。


「さ、どうぞ幕之内さん」
部屋の電灯を点けて、一歩を招き入れる。
「あ、はい。お邪魔します」
早速お茶の用意でもしようと台所に行こうとした時、後ろから一歩の声がかかった。
「あ、あの、久美さん……。こ、これは……!?
そう言った一歩の指差す先を見た瞬間、久美の血の気が引いた。

そこにはいつもの、兄所有の五寸釘を刺した一歩の写真と、隣にもう1枚。





同じく五寸釘を顔面にぶち刺した、宮田一郎の写真。





自分の写真はいい加減一歩も見慣れたらしいが、さすがに宮田の写真には驚いたようだ。
それもそうだろう。この写真は一歩が来る時にはいつも外していた、久美所有の写真なのだから。
何故久美が宮田の写真に五寸釘などを刺しているかといえば、それは簡単な事だ。


一歩の事を好きな久美にとって、宮田は最強最大の敵なのだから。


何度も「宮田くん宮田くん宮田くん宮田くん」と、まるでのろけ話のような一歩の語りを聞かされている久美がこういう行動に走ったのも、ある意味やむを得ない事だろう。
いつも兄である間柴が一歩の写真を見て気合を入れているように、久美もまたこの写真を見て気合を入れるのである。
しかし、今の状況は紛れもなくピンチである。
何しろ、一歩は筋金入りの宮田くん大好き人間である。
その宮田の写真がこんな事になっていれば、良い気分のわけがない。
これが久美のものだと分かれば、一歩の久美への心証は間違いなく悪くなる。
どうして今日に限って写真を外すのを忘れていたのか、久美は自分の迂闊さを呪った。

「すみません! 兄がいつの間にかこんなものを……!」
咄嗟に出た言い訳に、一歩は驚きながらも間柴ならやりかねないと思ったのか納得した顔になる。
もっとも、一歩の写真で既に前科があるのだから、そう思われても致し方ないところだろう。
「間柴さん、まだ宮田くんの事そんなに嫌いなんですね……。でもこれは……」
昔の間柴の宮田への試合中の反則を思い出したのだろう、一歩の表情が険しくなる。
「本当にすみません、兄にはちゃんと言っておきますから……」
そう言って、久美はさっと宮田の写真を壁から剥がした。
「いえ、そんな! 久美さんが悪いわけじゃないですから!」
焦って両手を身体の前で振る一歩の言葉に、さすがに久美にも罪悪感が沸く。


ごめんなさい、お兄ちゃん……と心の中で謝りながら、久美は今度からは絶対に見つからないところに貼るようにしようと心に決めたのだった。






まず一言。 ……久美ちゃんのファンの方、ごめんなさい。
更に言うなら、宮田ファンの方にもごめんなさい。

というか、私は宮田ファンかつ久美ちゃんも大好きなんですが。
いや、原作の久美ちゃんの「お前か、板垣!」を見た瞬間から、彼女のイメージが……(笑)
まあ、さすがにこんな事はしないでしょうが。イイ子だしね。……でも間柴の妹だしなぁ。
どうでもいいけど、このSSの久美ちゃんの中には「もう宮田の写真を刺すのを止める」という選択肢はないみたいです。

2003年10月22日UP

100のお題TOP SILENT EDEN TOP