032:Homework

「ねえ、宮田くんは、夏休みの宿題とか早めに終わらせてた方? それとも溜め込んでた方?」



突然の質問に、宮田が眉を顰めたのが分かる。
「何だよ、いきなり」
そう宮田が返すのも当然だろう。

「うん、昨日さ、ジムの中で話題に出たんだよ。きっかけ忘れちゃったけど」
小中高時代、夏休みの宿題をこなす期間ややり方はかなり個々人の性格が出る。
ちなみにジムのメンバーの話を聞くと、実に『らしい』回答が返ってきた。
正直、鷹村などは訊く前から答えが分かったくらいだ。

不意にその会話を思い出し、それなら宮田はどうなのだろうと尋ねてみたのだ。
一歩の説明を聞いていた宮田は、あからさまに呆れ顔だ。
だが、そのまま流したりはせずに思い出そうとするような仕草を見せる。

一歩は宮田のこういうところが好きだった。
どんなくだらないことを訊いても、呆れはするもののちゃんと考えて答えてくれる。
言葉遣いや態度はそっけなくても、とても真摯で優しい人なのだと実感する。

誰にも言えない片想いでも、こうして宮田と過ごせる時間がほんの少しあればいいと思う。
なかなか会えないけれど、頑張れば今日のような時間は作れる。
そして、こんな風に他愛のない会話を交わせることが一歩にとっては幸せだった。

「夏休みの宿題な……別に、普通に時間がある時にやってただけだな」
「毎日ちょっとずつ……みたいに?」
「いや、暇が出来た時に一気に」
その返答に一歩が意外そうな顔を見せると、宮田が言葉を重ねてきた。
「……言っとくが、最終日まで溜め込んだことはねえからな」
「え、あ、うん、分かってるよもちろん!」
実はちょっとだけ夏休み最終日に大量の宿題に向かう幼い宮田などを想像した、なんてことは口が裂けても言えない。

……が、どうやらバレているらしく、宮田は少々不機嫌顔だ。
一歩は誤魔化すように、わざと明るい声を出して話を逸らす。
「えーっとね、ボクは子供の頃は……」
言いかけたところで、宮田が珍しく口を挟んできた。
「きっちり計画を立てて、毎日毎日その計画通りに決まった分だけこなしてたんだろ」
「ええっ!? 何で知ってるの!?
一歩が驚いて思わず顔を上げると、宮田は小さく笑う。
「知ってるも何も、考えるまでもなく分かる」
単純、と暗に言われた気がして、一歩は少し憮然とした表情になる。
だが、宮田の機嫌が直ったようなのを確認して安堵もする。
どんなことでも、宮田が笑ってくれるのはやっぱり嬉しい。

「悪いなんて言ってねえんだから、いいだろ」
まだ楽しそうな宮田の様子を見ていると、一歩も楽しくなってくる。
「うん。ボク、昔からそういう宿題とか復習とかは得意だったんだよね」
「だろうな」
意外に会話が弾んでいくのが嬉しくて、一歩もどんどん饒舌になっていく。

宮田に会うたびに、思う。
一歩は宮田が好きで好きで、どうしても話がしたくて会うチャンスを作ろうとする。
上手く会話が出来なくても、宮田の顔を見られるだけで幸せだと思う。
けれど、宮田にとっては迷惑でしかないのではないだろうか、と。
だから、こうして宮田が表情には余り出ないものの少しは楽しそうに話してくれるのを見ると安心するのだ。
決して、宮田に嫌な思いばかりさせているわけじゃないと、そう信じられるから。



楽しい時間はあっという間に過ぎ、無情に会話の終わりを告げる。
「……ごめんね、宮田くん。こんな時間まで付き合わせちゃって」
「いや……」
僅かな沈黙の後、「じゃあまた」と言おうとしたはずの一歩の口からは別の言葉が漏れる。
「ねえ……宮田くん」
呼びかけに、宮田の視線が一歩に向けられたのが分かる。
「ボクとこんな風に話すの……嫌じゃないかな」
例え嫌だと言われても、きっと話しかけるのを止めることは出来ないだろうけど。

俯きがちに尋ねた一歩に、宮田のため息が聞こえた。
「お前……オレが、嫌だと思うヤツのお喋りに律儀に付き合う人間だと思うのかよ」
その言葉に、一歩はパッと顔を上げる。
視線の先で、宮田は怒ったような困ったような、複雑な表情を見せていた。

それでも不安な面持ちを消せずにいると、再び宮田が小さくため息をつく。
「……嫌じゃねえよ」
「ホ、ホントに?」
「ああ」
はっきりと言い切られた返事に、一歩はようやく笑顔を浮かべることが出来た。
「良かったぁ……」
少なくとも嫌がられてはいないと思えるだけで、一歩は十分幸せなのだ。

そんな一歩をじっと見ていた宮田が、小さく呟いた。
「……本当に気付いてないのかよ……」
「え?」
宮田の呟きの意味が分からず、一歩は首を傾げる。

宮田は一度視線を逸らし、躊躇うような素振りを見せる。
そして、意を決したように一歩を見据える。

真正面から宮田の視線に射られ、一歩は思わずシャンと背筋を伸ばす。
「幕之内」
「は、はいっ!」
一歩が慌てて返事をするのと同時に、唇に暖かい何かが触れた。



それが宮田の唇だと理解したのは、その温もりが離れてからだった。



ポカンと口を開いたまましばし呆然としていたが、我に返ると一歩は身体中の熱が全て顔に集まってくるような錯覚を覚えた。
「え、あ、う……み、宮田く……え、え? な、何で……?」
最早まともな言葉になっていないが、一歩としては今普通に喋れという方が無茶だと思う。

半ばパニック状態の一歩の問いに返ってきたのは、返事とも言えないものだった。
「さあな……」
「さ、さあなって……」
いきなりあんなことをしておいて、それはないと思う。

「次に会う時まで、考えてみろよ」
そう答える宮田の顔もまた、少し赤く見える。



「……宿題を片付けるのは、得意なんだろ?」



そう告げると、宮田は行ってしまった。
後に残されたのは、余りにも予想外の事態に立ちつくす一歩のみ。

宿題を片付けるのは得意だと、確かに言った。
しかし今まで、こんなにも難解な宿題など抱えたことはない。
宮田はこれを解け、と言った。
解けるだろうか、自分に。
宮田の残した、最大の難問を。





この宿題の先にあるものを思いながら、一歩は未だ温もりの残る唇に触れた。







いつになく大胆な貴公子が書けて楽しかったです。
正直、第三者から見れば難問どころか超簡単な宿題なのですが、一歩本人にとっては難問なんでしょうねぇ……。
こういう馴れ初めもありかなぁって思ったんですがいかがでしょうか。

2007年11月23日UP

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