036:スイカ割り

外では、陽射しがジリジリと容赦なく道行く者たちを照り付けている。
その暑さは屋内にいたところで変わるものではなく、直接陽が当たらないだけまだマシ、という程度である。
扇風機と冷たい麦茶でかろうじて涼を取りつつ、一歩はチラリと目の前の人物の顔を窺った。

「宮田くん……暑くない?」
会話が途切れたほんの少しの静寂の間にそう尋ねると、宮田の視線が一歩に向く。
表情に変化はないが、さすがに宮田の顔にも汗の球が滲んで見える。
「……暑くないように見えるかよ?」
「ううん。ごめんね、宮田くん。ボクの部屋、冷房なくて……」
「別に。暑いのは慣れてるからな」
ぶっきらぼうに答える宮田の声は、どこか気遣いの色が聞いて取れた。



珍しく2人の都合が噛み合ったこの日、一歩は宮田を家に招いていた。
折角の機会なのだから、2人きりで過ごしたいと思ったからだ。
宮田が、人の多いところが嫌いだという点も理由の一つではある。
しかし、こうも暑いと、少々人が多くてもどこか冷房の効いた場所に出かければよかったのかもしれないと思う。
一歩はとしては暑かろうが何だろうが、宮田がいればそれでいいのだが、宮田の方もそうだとは限らない。
自分が誘った手前、一歩は何だか申し訳ないような気分になる。

そんな一歩の様子を感じ取ったらしい宮田が、小さくため息をつく。
「つまんねえこと気にすんな。涼しい人込みよりは、暑くてもこっちの方が落ち着く」
何気なく告げられた言葉に、一歩はドキリとする。
いや、単に人が少ない方がいいと言っただけなのかもしれないし、そもそもそこまで考えて言ったことではないのかもしれない。
それでも、一歩は宮田のその言葉が嬉しかった。
一度沈んだ気分もどこへやら、途端にウキウキとした気持ちになる。
「……何笑ってんだよ」
「何でもないよ」
笑顔はそのままでそう答えると、宮田は短くそっけない返事をしてフイと横を向いた。
拗ねたようなその仕草に、一歩はますます笑ってしまう。
本格的に不機嫌になってしまう前に、と、どうにか笑いを収めて話題を変えようと机の上の雑誌に手を伸ばす。

「そうだ、宮田くん。この記事なんだけど……」
雑誌を手に取って言いかけた時、その雑誌が置かれていた下から何枚かの写真がパサリと畳の上に落ちた。
そういえば、この間海に行った時に撮った写真が焼き増しできたから、と昨夜ジムの帰りに青木が渡してくれたのを机の上に置いたままにしてあったのだ。
慌てて一歩が拾う前に、宮田がその中の1枚を手に取ってしまう。
手にした写真を宮田が無表情のまま見つめている様は、何だかよく分からない迫力がある。
「あ、あの、宮田くん……?」
控えめに声をかけながら、宮田の見ている写真を覗き込み、一歩は血の気が引いた。

よりによって、それは宮田にはもっとも見られたくない写真だったのだ。
浜辺で猫田も交えてスイカ割りをしていた時、青木が面白がって変な誘導をしたせいで、一歩はスイカに蹴躓いて久美の上に倒れてしまったのである。
バランスを崩した一歩を久美が助けようとしてくれた際のアクシデントなのだが、それでも体勢が体勢だ。
やましいところなどなくても、宮田には絶対に見られたくなかったのに。

「あ、あの、違うんだ宮田くん! それは事故で、その……」
誤解を解かなくては、と思うものの、焦りと混乱でまともな言葉にならない。
「だ、だから、その、ススススイカ割りしてて青木さんが変でスイカが蹴躓いてって、あれ? あの、そうじゃなくて……」
完全にパニックになっている一歩の額に、ペシ、と写真が押し付けられる。
「少し落ち着けよ……」
呆れたようにため息をつく宮田を見て、一歩はピタリと言葉を止める。

「……そんな必死にならなくても、分かってる」
一歩の額から写真がハラリと床に落ちるのを、宮田がいつもの無表情で見つめている。
「ホ、ホントに?」
「足元のスイカと目隠しと手に持った棒で、状況分からねえ方がどうかしてるだろ」
改めて床の写真に目を落としてみると、確かに宮田の言う通りではある。
しかし、それでも、一歩は宮田には見られたくなかったのだ。
もしも逆の立場なら、例え状況的に事故だと分かっていても、一歩はその写真を決して見たくはないだろうから。

そう思うだけに、宮田がそう気にしていない風に見えるのが逆に少し寂しかった。
もちろん、疑われて責められるよりはずっと良いし、信じてくれているという証明なのだからそれは嬉しい。
だけど、もう少し嫉妬してくれてもいいのに……などと思ってしまうのは、きっと一歩の我侭なのだろう。
宮田の態度への寂しさと、そんな風に贅沢になっていく自分への嫌悪で、知らず表情が沈み込む。

「……幕之内」
静かに呼ばれた声に、一歩はハッと我に返って顔を上げる。
「え、うん、何?」
そう返事をするが、宮田からは次の言葉は出てこない。
見ると、少し視線を逸らして何かを躊躇っている風だ。
「宮田くん?」
覗き込むように呼んでみると、不意に宮田の視線とかち合ってドキリとする。
「ちょっと、こっち来いよ」
一度だけ人差し指で軽く招くような仕草をして、宮田はそれきり黙ってしまう。
一歩は訳が分からないまま、膝立ちになって動物のように両手をついて畳みの上をスリスリと宮田の方へ近付いていく。
すぐ傍まで近付いた瞬間、腕を掴まれて引っ張られ、一歩は体勢を崩して倒れ掛かってしまった。

「うわ! あ、宮田くん、大丈夫!?
かなりの勢いで倒れ込んでしまったため、一歩は慌てて身体を起こそうとする。
しかし、何故だか上手く起き上がれない。
それが、宮田の左腕が一歩の背中にかかっているためだと気付いて、一歩は途端に顔を紅潮させる。
「宮田くん、あの、起きられないんだけど……」
体重が完全に宮田にかかっている状態なので一歩は何とか離れようとするが、宮田の腕は離れない。

再び言い募ろうとした時、宮田の声が一歩の耳元に響いた。
「……お前の意思じゃないなら、いい」
一瞬、何の事か分からなかった。
しかし、ふと、今の体勢が写真の中の体勢に良く似ていることに気付く。
「けど…………次からは気をつけろ」
その声が、怒ったような、拗ねたような響きを含んでいるように聞こえた。
それがたまらなく嬉しくて、一歩は起き上がろうとしていた力を抜いて頭を預ける。
「うん、気をつけるよ」
「なら、いい」
ぶっきらぼうな返事が、今は泣きたくなるほどに嬉しい。

何だか気恥ずかしくなって、一歩は悪戯っぽく笑うと少しだけ顔を上げて尋ねてみる。
「宮田くん……暑くない?」
冷房のない部屋でこれだけ密着しているのだ。暑くないわけがない。
「……暑くないように見えるかよ?」
予想した通りの答えが返ってきて、一歩は笑みを深くしてもう一度顔を埋めた。
「ううん…………ありがとう、宮田くん」
そうして、今度は違う言葉を返す。
すると、ほんの少し、背中にかかる力が強くなったような気がした。







各地に真夏日や猛暑日がやってきているこの時期に、余計に暑くなるようなSSですみません。
なんか、2人の周りだけ更に温度が上がってそうです。
涼しい顔して実は嫉妬してる貴公子が書きたくて、つい暴走しました。
とりあえず、この後、青木さんが宮田くんの報復を受けていないといいのですが……。

2008年7月9日UP

100のお題TOP SILENT EDEN TOP