037:深海魚

光が射す事のない、深い暗闇の中を漂う生き物。
それは、闇の中でしか生きる事が許されない。




コトリ、とワイングラスがテーブルに置かれると、その中の赤い液体が小さな波を作る。
高遠はソファに大きく身を沈めると、ゆっくりと瞳を閉じた。

目の前に広がるのは、黒一色の世界。
そこには他の色彩など存在しない。
1点の光もない闇だけが、高遠にとって許された場所だからだ。
永遠にそこから動く事など出来ない。
光に焦がれるなど、そんな事は無意味でしかない。
もしも光を望み、ほんの僅かでもそれに触れたならその末路はただ1つ。
その光に目を灼かれ、自分自身が砕け散る。

くだらない、と、高遠は自嘲めいた笑みを微かに浮かべる。
その生き方を選んだのは、紛れもなく高遠自身の意志だ。
後悔などはしていないし、今更変えられるはずもないし変えるつもりもない。

閉じた瞼の裏に、1人の少年の姿が現れる。
高遠が唯一、敗北を認めた少年。
その頭脳と強さでもって、光溢れる世界に生きている。
香港で彼と対決したのは、つい最近の事のような気がする。

高遠が新聞に残した記事に乗って、彼は香港にやってきた。
進行させていた殺人劇の流れに彼を組み込み、殺人の罪を着せた。
その被害者に明智警視を使ったのは、もちろん彼の精神を効果的に追い込む目的もあったが、何よりもその存在が邪魔だった。
操り人形がミスさえしなければ確実に消せたものを、と今でも思い出すと舌打ちしたくなる。

そして次々と先回りをして、彼を追い込んでいった。
上手くいくはずだった。
光の中に佇む彼は、少しずつ、しかし確実に自分と同じ闇へと堕ちてくるはずだった。
彼の中の光さえ消してしまえば、高遠にとって恐れるものなど何もない。
その輝きがすっかり消え失せた頃に手を差し伸べさえすれば、その相手が誰であれ縋らずにはいられない。
人間とはそういう生き物だ。

だが、彼は堕ちてはこなかった。
高遠が触れる事の出来ない光の中に留まり続けた。


なかなかに手こずらせてくれる……と高遠は眼を開け、窓の外に視線を移す。
もっとも、簡単に堕ちてこられてはつまらない。
この自分が、初めて執着した存在なのだから。

高遠は、色とりどりのイルミネーションに僅かに目を細める。
光が消え去る事を望んでいるのか。
それとも、本当は決して消えない光にこそ焦がれているのか。
堕としたいのか。堕ちてほしくないのか。
相反した思いは、高遠の心の奥深くでいつまでも渦巻いている。

それらは深い闇の中で、決して融合する事はないだろう、と思う。
いつか全ての結末が訪れるかもしれない、その日までは。







また高遠SSです。
というか、今のところ「金田一」では高遠しか書いてない(笑)
いや何というか高遠さんって妄想し甲斐があるというか、捏造し甲斐があるというか。
高遠さんを書くと、どうやっても暗くなってしまうのが難点ですが。
ちなみに、私の中ではもう高遠さんは脱獄した事になってます。

2005年1月13日UP

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