038:チラリズム

「このバカ猿ー!」

スパスパァァァン!……と、それはそれは耳に心地良い音が寺院中に鳴り響いた。
寺院内では数多の僧達が修業に励んでいたが、ある者は「またか……」とため息をつき、またある者は慣れ切ってしまったのか何事もなかったかのように自らの務めに勤しんでいた。
そんな極めて平和な寺院内で、その音の発生源の部屋だけが喧騒に包まれていた。


「いってー! 何だよ、いきなり殴る事ないじゃんか!」
悟空が頭を押さえて抗議すると、三蔵はこめかみに青筋を刻んだままハリセンを再び構え直す。
上目遣いに睨んでくるその様子は大変愛らしいのだが、その攻撃に負けるわけにはいかない。
「泥だらけで執務室に入るなと何遍言わせりゃ気が済むんだ、てめえは!」
そう言って三蔵が視線をやった先には、いくつもの足跡と泥に汚れた執務机がある。
不幸な事に、何枚かの書類にも泥がついて文字が読めなくなっている。
「ったく、仕事増やしやがって。いいから、風呂に入ってこい!」
「…………分かった」
三蔵に怒られてショボンと項垂れた悟空は、トボトボと部屋を出て行った。


風呂から出てきた悟空に、汚れた場所の掃除をさせる。
せっかく綺麗に洗って出てきたのにと思わなくもないが、やはり自分のやった事の後始末は自分でさせなければならない。
三蔵の怒りを解こうと、せっせと雑巾で床を拭く悟空の姿は実に健気だ。
床拭きに精を出す悟空は、膝立ちでくるりと向きを変え、執務机に凭れて立っている三蔵に背を向ける形になった。
その瞬間、三蔵は思わず手にしていた煙草を落としそうになった。

悟空が風呂上がりにいつも着ているのは、三蔵のお古のTシャツにショートパンツ。
そのTシャツは悟空にはかなり大きく、立つとTシャツでショートパンツが隠れてしまうくらいである。
そんな格好で、悟空は床を拭いているためほぼ四つん這いのような形で三蔵に背を向けている。
はっきりいって、三蔵にしてみればかなりヤバい格好である。
何しろ、小さく揺れるTシャツの裾からは太ももがちらちらと見え、尚且つTシャツが片方ずり落ちて右肩が露わになっている。
鬱陶しいのか、時々肩までTシャツの襟ぐりを掴んで直すものの、すぐまたずり落ちる。
そして、長い後ろ髪は前に落ち、髪の隙間からうなじが見え隠れするのである。

もはや、見ている者の理性を試しているとしか思えない。

三蔵は目を逸らす事も出来ずに、じっと悟空を見つめる。
かなりヤバい、と三蔵の理性が警告する。
一緒に暮らしてきて、何も纏っていない全裸すら何度も見た事があるのに、どうしてこれくらいで動揺しているのかと思う。
だが、チラチラと垣間見えるその肌には全裸にすらない妙な色気がある。
ふらりと前に歩み出てしまいそうな自分に気付き、三蔵は頭を大きく横に振った。
しっかりしろ、俺!……と心の中で言い聞かせながら、とにかく落ち着こうと深く息を吸って吐く。

何とか気分を落ち着かせると、汚れた部分を拭き終わったのか、悟空が立ち上がって三蔵の方を振り返る。
「三蔵? どうかしたの?」
三蔵の目の前に歩み寄り、悟空は三蔵の顔を下から覗き込む。
その上目遣いと大きな襟ぐりから覗く鎖骨に、再び不意打ちを食らう。
「な、何でもねえ! ……終わったんならそれ洗ってこい!」
「? うん、分かった」
悟空はよく分からないといった表情をしたものの、言われたままに雑巾を洗いに出て行った。


悟空が出て行った後の部屋で、三蔵は大きくため息をついた。
「何考えてんだ、俺は……」
右手の手の平で顔面を覆うようにして項垂れる。


とりあえず、風呂上がりに着る服はサイズに合った物を買ってこさせよう、という事だけを決めると三蔵は力なく椅子に腰を下ろした。







三蔵様、情けない……。
すみません、私はこういう情けな系の三蔵様が大好きです(笑)
三蔵の理性が崩壊の危機に晒されましたが、どうやらなかなか守りは堅いようです。
この話に関しては、結構若い時(いや、今も若いけど)の三蔵をイメージしてます。
まだ10代の頃の三蔵だと思って頂ければ……。
いえ、10代じゃ本当は煙草吸っちゃいけないんですが、原作で吸っちゃってるし……。
……煙草は20歳を過ぎてから。

2004年1月17日UP

100のお題TOP SILENT EDEN TOP