040:カード

パタン、とドアを閉めた途端、肩と背中に重さを感じた。

三蔵は振り返ると、くっつきそうなほど近い位置にある顔を睨み付ける。
「……離れろ、鬱陶しい」
後ろから抱き付いてくる男に、三蔵は辟易とした様子で言い捨てる。
「んだよ、つれねえの。折角2人部屋なんだから、もうちっとよぉ……」
「知るか。いいから離せ。暑苦しい」
眉を寄せ、背後から回された腕を掴む。
すると、思いの外あっさりとその腕は外された。

普段ならもっとしつこく食い下がるだけに、三蔵は訝しげな目で悟浄を見る。
そんな三蔵の反応を見て、悟浄は楽しそうに笑う。
「お前が離せっつーから離したんじゃん? それとも、本当は離してほしくなかったりして……」
「……死ぬか?」
三蔵が懐に手を伸ばすと、悟浄は慌てて両手を上げる……が、その目はまだ楽しげで三蔵の中に苛立ちが募る。

コイツはいつもこうだ、と思う。
どんな状況になっても、三蔵が実際に発砲して慌てふためいているように見えても、どこかで余裕を失ってはいない。
三蔵が本当に当てる事はしないという確信があるという事もあるのだろうが、それだけではなくやはり三蔵よりも人間的に成熟している部分があるのだろう。
それを認めるのはこの上なく癪なのだが、悟浄と過ごす時間が増えるにつれて認めざるを得なくなる。

「おい、三蔵?」
顔を上げると、悟浄が僅かに心配の色を滲ませた目で見ていた。
「何だ」
「いや……何か珍しくボーっとしてたみてえだからよ」
「……いつもボーっとしているのはてめえだろうが」
考えていた事を悟られたくなくて、三蔵は憎まれ口を叩きながら悟浄の前から離れた。

さっさと寝てしまうに限ると、三蔵は法衣を脱いで椅子にかけ、ベッドに入ろうとする。
……と、悟浄が再び近付いてきた事に気付いて、ジロリと一瞥する。
「何だ」
「何だはねえだろ? 久しぶりの2人部屋なんだぜ?」
悟浄はそう言うと、ゆっくりとした動作で三蔵の肩を掴んでやんわりとベッドの上に押し倒した。
「……明日は朝一番でこの街を出る。くだらねえ事考えてねえで、とっとと寝ろ」
「いいぜ、お前と同じベッドでならな」
「ふざけんな、どけ」
「やなこった」
「てめえ……」
法衣を脱いでしまったので銃も手元になく、三蔵は視線で悟浄を威圧する。
しかし、それも効いているのかいないのか微妙なところだ。

それでも視線を緩めないままでいると、悟浄が何かを思いついたように笑った。
「ならよ、賭けしようぜ」
「賭け?」
いきなり何を言い出すのかと、三蔵は眉を寄せる。
「そ。カードで一本勝負。お前が勝ったら、俺は今夜は諦める。俺が勝ったら……」
そこまで言って、悟浄はニッと笑みを見せる。

しばらく考えていた三蔵だったが、その賭けに乗る事にした。
どちらにしろ、腕力では敵うはずがないのだ。
それならこの賭けに勝つ方がこの状況を回避できる可能性としては高いと、そう判断した。

三蔵も、本心から悟浄との行為を嫌だと思っているわけではない。認めたくはないが。
それでも、どうしても抵抗を感じてしまうのはプライドのせいかもしれない。
男であるプライドが、悟浄にいいようにされてしまう事を無意識に拒否するのだろう。
それは間違ってはいないと思うし、三蔵の性格でもあるからどうしようもない。



三蔵が賭けに乗ったことで、三蔵と悟浄のポーカー勝負が始まった。
三蔵は配られた手札を見て、何とかなりそうだと内心で息をつく。
ちらりと悟浄の方を窺うが、いつもの笑みが見えるだけでその手を予測する事は出来ない。
しかし、カードを交換して三蔵は勝ちを確信した。
自分の今夜のカード運は、いつになく良いらしい。

コールして手札を広げる。
三蔵の手札は、キングのフォーカード。
勝ったと思いながら、悟浄を見るも、その顔から笑みは消えていない。
そうして、悟浄が手持ちの札を広げた。

「なっ……!」
「ロイヤルストレートフラッシュ。……俺の勝ちだよな」
悟浄はそう言うと立ち上がり、素早い動作で座っていた三蔵を引っ張り上げると再びベッドへと押し倒した。

「悟浄っ!」
「……賭けは俺の勝ち。そうだよな?」
三蔵の両手首を掴んだまま、悟浄は三蔵の耳元で囁く。
チュッと軽い音を立てて耳に口付けられ、三蔵はビクリと身体を震わせる。

確かに、賭けは賭けだ。
負けた以上、文句をつけるわけにもいかない。
あの手が来た時は必ず勝てると思ったのに…………と、そこまで考えて、三蔵は妙な事に思い至った。

自分は、キングのフォーカードだった。
悟浄は、ロイヤルストレートフラッシュ。
当然、ジョーカーなどは入れていない。
…………キングが何故5枚あるのだろう。

1つしか有り得ない答えに、三蔵の中で何かがブチ、と切れた。
「……悟浄」
「んだよ?」
「俺との勝負で、イカサマとは良い度胸だな……?」
途端に挙動不審になった悟浄を押しのけて、三蔵はゆらりと立ち上がった。

「あー……と、さ、三蔵?」
口元をひきつらせて、悟浄は後退る。
三蔵が殊更ゆっくりとした動きで銃を手にしたのを見て慌てたらしい悟浄が、弁明を始める。
「ちょ、ちょっと待てって、お、落ち着けよ。ひとまず、話を……」
「聞く耳持たん! 死んでこい、このイカサマエロ河童!」
と同時に、銃声が宿屋に響き渡った。

「うおわあああ! ま、待てって話せば分かる……!」
「やかましい! 避けてねえで大人しく当たってろ!」
「当たったら死ぬだろ!?
「死ね!」
「死ねるかああああ!」



一方、隣の部屋では。
「あ、またやってる。悟浄も懲りないよなー」
「ええ、本当に。まあ平和で何よりですが。ああ悟空、このエビチリまん食べますか?」
「食う食う!」
……と、非常にほのぼのとした2人の時間を過ごしていた。







私は別に悟浄を幸せにしたくないわけでは……ありません……。
でも私が書くとこうなります。何ででしょう。
根っこではちゃんと両思いのはずなのに、最後はどつき漫才になってしまう2人。
私はそんな2人が大好きだ! ……と、こんなところで主張してみる。

2006年2月24日UP

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