041:抱擁

カラン、と軽やかな音を立ててドアが開く。
1歩外に踏み出せば、ちらちらと舞う雪が寒さを一層引き立てる。
吐く息の白さに少々辟易としながら、宮田は店を出て歩き出した。



賑やかというよりは騒がしい集団からようやく離れ、対照的な静寂の中を黙々と歩く。
雪が降ると、尚更音が吸い込まれて静けさが増すような気がする。
寒いのは苦手だが、宮田はこの雪の降る日特有の空気は好きだった。

そもそも、今夜のことにしても宮田は好きで来たわけではない。
シュガー・レイでクリスマスパーティーをするから来い、と鷹村から打診があったのは1週間前の事。
もっとも、連絡を寄越したのは鷹村ではなく木村だったが。
当然だが、宮田は行くつもりなどなかった。
しかしそこで逃がしてもらえるほど甘い相手ではなく、半ば拉致のような格好で強制的に参加させられたのだ。

元々、騒がしいのは好きじゃない。
それでも、一歩が来るならと少し参加を迷わなかったわけではない。
だが、一歩と会えるのは嬉しいが、嬉しくないことが付随するのは分かりきっていた。
そして、その予測は的中した。

クリスマスパーティーにむさ苦しい男ばかりを、鷹村が呼ぶわけはない。
当然そこには数名の女性陣がいた。
宮田が顔を知っている者、知らない者両方いたが、そんなことは問題ではない。
問題なのは、その女性陣の何名かがやたらと一歩の傍にくっついていたことだ。
間柴の妹はとりあえず聞いたことがあったが、他にも高校生らしき少女や確かスポーツライターとかで何度か川原ジムにも取材に来た女性などが、さりげなく一歩の近くから離れないのだ。
高校生の少女などは、さりげなくどころかあからさまに一歩に抱きついていたくらいだ。

やはり来るんじゃなかった、と宮田は後悔した。
一歩が女に迫られているところなど、見たいわけがない。
むしろ、宮田がいるのを知っていながら、一歩がされるがままなのに余計に苛立ちを誘われる。

分かっている。
宮田と一歩の関係が公に出来ないものである以上、表立って彼女達を拒絶できないことくらいは。
一歩に非があるわけではないことも。
分かっていても、内心の苛立ちは収まるどころかどんどん膨れ上がっていく。
結局、不機嫌な顔で場に水を差すよりは、と、鷹村の意識が逸れている隙に鴨川会長と八木にだけ挨拶をして店を出てきたのだ。

今でも、一歩はあの中で女性陣に囲まれているのだろうか。
宮田のいないところで。
逃げるように出てきたのは自分なのに、身勝手なことを考えていると思う。
しかし、どうにも感情のコントロールが利かない。
一歩が絡むといつもこうだ。
自分では抑えきれない感情が、宮田を振り回す。



殊更大量の白い息が吐かれた時、宮田の背後から予想外の声が追いかけてきた。
「……たくーん! 宮田くーん! 待ってよ!」
咄嗟に足を止めて振り返ると、マフラーを揺らしながら走ってくる一歩の姿が見えた。

呆然と突っ立っている宮田のところまで走ってくると、一歩はホッとしたように笑った。
「良かったぁ、追いついて。宮田くん、もう帰るの?」
何故ここに一歩がいるのか分からずに、宮田は一歩を見つめるばかりだ。
「……宮田くん?」
「あ、ああ……。お前、何でこんなとこにいるんだよ。パーティーは」
「うん、宮田くんが出てくのが見えたからさ、ボクも会長に挨拶して出てきちゃった」
そう言いながら、一歩は照れたように頭を掻く。
宮田としては、会長はともかく鷹村や他のメンバー……特に女性陣がよく一歩を帰してくれたものだと不思議で仕方ない。

だが、一歩が自分を追って出てきてくれたことは素直に嬉しかった。
念のために周りを注意深く見回してみるが、特に誰かがどこかから覗いている気配もない。
それなら、思いがけず一歩と2人きりになれたこの状況は喜んでおくべきなのかもしれない。

そんなことを宮田が考えていると、一歩は2つの缶飲料をポケットから取り出した。
「……ねえ、宮田くん。もし急いで帰らなくていいなら……ちょっとだけこれ飲んでいかない?」
おずおずと差し出されたその缶を宮田が受け取ると、一歩は嬉しそうに笑う。
手を暖める缶の熱が、全身に広がったような気がした。



公園のベンチに並んで座りながら、熱い缶コーヒーを口に含む。
冬の空気で冷えた身体に、心地良い暖かさが満ちていく。
その暖かさの原因はきっと、缶コーヒーだけではないのだろう。
そんなことを思いながら、ふっと視線を隣に座る人物へと走らせる。

缶を両手で包むように持っているその姿は小動物めいていて、この拳が恐ろしい破壊力を秘めていることなど知らない人間ならば想像もできないだろう。
だが、そんな彼がリングの上で放つ輝きに、宮田は魅せられた。
対峙した時の強い眼差しに。何度でも立ち向かっていく勇気に。
そして、そんなリング上での激しさとは裏腹の、リングを下りた時の穏やかさと優しさにも。

それを、口に出したことはない。
元々、宮田は自他共に認める口下手だ。
言葉が足りない自覚はあっても、どうしても思ったこと全てを口にすることは出来ない。
宮田の中の何かが、いつも邪魔をしてしまう。
そんな自分を腹立たしく思いもするが、自分でもどうにもならないのだ。

今も、喋っているのは殆ど一歩だ。
宮田は、一歩の話す内容にところどころで相槌を打つ程度だった。
だから一歩の話題が尽きてくると、途端に沈黙が下りてしまう。

一歩が隣で忙しなく手を動かしながら、何とか話題を探そうとしているのが分かる。
おそらく、話が続かなければこれ以上宮田を引き止められないと思っているのだろう。
引き止める必要など、どこにもないのに。
ただ宮田は、一歩とこうして2人でいられればそれで十分なのだから。

かといって、それを一歩に告げることも宮田には出来ない。
だが、困った様子で話題を探している一歩を、安心させてやりたいとも思う。



どうしても口に出せないのなら────



「え、み、宮田くん?」
明らかに動揺しているのが分かる一歩の声が、耳元で聞こえる。
「……少し、黙ってろよ」
「……うん」
一歩が小さく返事をしたのと同時に、宮田の背中にも腕が回される。



12月も下旬だというのに、寒さは不思議なほど感じなかった。
腕に抱いた温もりが、全身を暖めてくれているような気がする。

無理に話を続けようとしなくても、こうしていられればいい。
そして出来るなら、一歩も同じように感じてくれていればいいと思う。



────クリスマスも、たまにはいいかもな。



そんなことを思いながら、宮田は温もりの心地良さに目を閉じた。







今年のクリスマスは宮一で!
しかし、お題が適用されているのがラストだけってのも……前振り長すぎ?
ちなみに、缶コーヒーはどこへ行った、なんていうツッコミはしないのがお約束です。

2007年12月24日UP

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