043:指定席

光溢れるリングの中で、彼はとても輝いて見えた。
身体はボロボロだったけれど、勝利に胸を張り、拳を高く上げたその姿は力強かった。
自信に満ち溢れた眼差しが、胸に強く灼きついた。




部屋の明かりを消して目を閉じても、瞼に浮かんでくるのは彼の姿ばかりだ。
一向に眠りは訪れず、一歩は諦めたように目を開ける。
暗闇に若干慣れた目に、いつもの天井が映る。

宮田が、とうとう東洋太平洋を獲った。
試合直後は一歩も興奮状態で、ただ宮田の勝利が嬉しくて仕方なかった。
しかし、こうして1人になってみると、妙な焦燥感のようなものが一歩の胸の内に湧いてくる。

宮田と一歩は、周りから『ライバル』として認識されている。
そしておそらく宮田も、それは認めてくれているのだろうと思う。
しかし、これからも自分は宮田にとってその位置にいられるだろうか。
そんな不安感が、一歩の中に燻っている。

本当は……もっと近い位置に行きたい。
だけど、一歩のそんな想いは宮田にとっては迷惑にしかならないから。
だから、それは決して口に出すまいと思う。
口に出せば、きっと『ライバル』ですらいられなくなる。

しかし、その想いさえ隠していれば、本当にライバルのままでいられるだろうか。
海外修業を経て、宮田は確実に、しかも急速に強くなっている。
一歩も日本チャンピオンになり、初防衛戦も命からがら勝利した。
その事で一歩なりの自信も得たけれど、宮田の試合を見るといつも置いて行かれた気分になってしまう。
どれほど手を伸ばしても届かない場所に駆けていって、必死に追いかけてもその距離が遠くなる気すらする。
それでも距離を縮めるために頑張って頑張って、そうしたらいつか追いつけると信じていたい。

宮田の姿が見えなくなる事だけは嫌だった。
遠く離れて、見失ってしまう事が怖かった。
そうして、宮田の自分への失望の瞳を想像してしまって、その度に胸が締め付けられるように痛んだ。



一歩は身体を起こし、立ち上がる。
母に気付かれぬようにそっと外に出ると、一歩は軽くシャドーを始めた。
その動きはだんだんと速くなっていき、目の前には既に目に焼き付いた幻が現れる。
攻防を繰り返す中で、幻の放ったカウンターを避け損なって尻餅をついてしまった。

「……やっぱり、強いなぁ」
小さく呟いて、一歩は汚れを払いながら立ち上がる。


────でも、ボクも強くなるから。


もっともっと、強くなってみせる。
力もつけて、技術も磨いて、いつかあの約束を胸を張って果たせるように。

……だから。
だから、彼の『ライバル』としての指定席は誰にも譲らない。
彼の中にあるだろう、いくつもの指定席の中の、たった1つ。
その席だけは、自分だけのものであってほしい。
それ以上は、望まないから。
他の席は、誰が座ってもきっと祝福してみせるから。




たった1つ、それだけは絶対に譲れない。




一歩は右手を開いてその掌を見つめ、何かを掴むようにキツく握りしめた。







東洋太平洋タイトルマッチの夜、という事で。
前向きなんだか後ろ向きなんだかよく分からない一歩です。
これだけ読むと一歩→宮田のようですが、基本は宮一です。まだ通じ合ってないだけで。
宮田は宮田なりの葛藤が色々あると思われます。

2006年1月27日UP

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