光溢れるリングの中で、彼はとても輝いて見えた。
身体はボロボロだったけれど、勝利に胸を張り、拳を高く上げたその姿は力強かった。
自信に満ち溢れた眼差しが、胸に強く灼きついた。
部屋の明かりを消して目を閉じても、瞼に浮かんでくるのは彼の姿ばかりだ。
一向に眠りは訪れず、一歩は諦めたように目を開ける。
暗闇に若干慣れた目に、いつもの天井が映る。
宮田が、とうとう東洋太平洋を獲った。
試合直後は一歩も興奮状態で、ただ宮田の勝利が嬉しくて仕方なかった。
しかし、こうして1人になってみると、妙な焦燥感のようなものが一歩の胸の内に湧いてくる。
宮田と一歩は、周りから『ライバル』として認識されている。
そしておそらく宮田も、それは認めてくれているのだろうと思う。
しかし、これからも自分は宮田にとってその位置にいられるだろうか。
そんな不安感が、一歩の中に燻っている。
本当は……もっと近い位置に行きたい。
だけど、一歩のそんな想いは宮田にとっては迷惑にしかならないから。
だから、それは決して口に出すまいと思う。
口に出せば、きっと『ライバル』ですらいられなくなる。
しかし、その想いさえ隠していれば、本当にライバルのままでいられるだろうか。
海外修業を経て、宮田は確実に、しかも急速に強くなっている。
一歩も日本チャンピオンになり、初防衛戦も命からがら勝利した。
その事で一歩なりの自信も得たけれど、宮田の試合を見るといつも置いて行かれた気分になってしまう。
どれほど手を伸ばしても届かない場所に駆けていって、必死に追いかけてもその距離が遠くなる気すらする。
それでも距離を縮めるために頑張って頑張って、そうしたらいつか追いつけると信じていたい。
宮田の姿が見えなくなる事だけは嫌だった。
遠く離れて、見失ってしまう事が怖かった。
そうして、宮田の自分への失望の瞳を想像してしまって、その度に胸が締め付けられるように痛んだ。
一歩は身体を起こし、立ち上がる。
母に気付かれぬようにそっと外に出ると、一歩は軽くシャドーを始めた。
その動きはだんだんと速くなっていき、目の前には既に目に焼き付いた幻が現れる。
攻防を繰り返す中で、幻の放ったカウンターを避け損なって尻餅をついてしまった。
「……やっぱり、強いなぁ」
小さく呟いて、一歩は汚れを払いながら立ち上がる。
────でも、ボクも強くなるから。
もっともっと、強くなってみせる。
力もつけて、技術も磨いて、いつかあの約束を胸を張って果たせるように。
……だから。
だから、彼の『ライバル』としての指定席は誰にも譲らない。
彼の中にあるだろう、いくつもの指定席の中の、たった1つ。
その席だけは、自分だけのものであってほしい。
それ以上は、望まないから。
他の席は、誰が座ってもきっと祝福してみせるから。
たった1つ、それだけは絶対に譲れない。
一歩は右手を開いてその掌を見つめ、何かを掴むようにキツく握りしめた。
東洋太平洋タイトルマッチの夜、という事で。
前向きなんだか後ろ向きなんだかよく分からない一歩です。
これだけ読むと一歩→宮田のようですが、基本は宮一です。まだ通じ合ってないだけで。
宮田は宮田なりの葛藤が色々あると思われます。