045:最後の言葉

最初は、妙なヤツだと思っていた。
いくら緊急事態とはいえ、自分たち囚人の拘束まで外してしまった上に自由な行動を許した。
疑うことを知らない苦労知らずのお人好しなのだろうと思ったが、それ以上の印象は別になかった。

初めてロヴィスコに対する認識が変わったのは、世界の果ての滝を下りると言い出した時だ。
一体、この男以外の誰がそんなことを思いつくだろう。
誰ひとりそこから戻ったことのない、そもそも何かが存在するのかも分からない世界の果て。
正直な話、無謀もいいところだと思った。
普段のライツならば、そんな提案など一笑に付しただろう。
だが、この時だけは、何故だか乗ってもいいような気がした。
お坊ちゃん面したこの男の意外な豪胆さに賭けてみるのも悪くはないと、そう思ったのだ。

そして、それは成功した。
世界の果ての向こうには、新しい大地が広がっていた。





ホクレアなどと名乗る先住民たちに熱心に教えを請うロヴィスコの姿に、いつからか苛立ちを覚えるようになった。
あんな得体の知れない連中など、駆逐してやればいいのに。
そうして、この大地を自分たちだけのものにすればいい。
訳の分からない連中を安易に信用して、挙句に殺されるなどゴメンだ。
何故、ロヴィスコにはそれが分からないのだろう。

医術師と共に戻ってくるロヴィスコを眼下に見下ろし、ライツは舌打ちをする。
このお人好しのお坊ちゃんは、あの連中を疑いもしていない。
呑気に医術師の女と笑い合うロヴィスコの姿を、冷ややかな眼で見つめる。

アイツらは魔物だ。アモンテールだ。
そう言っても、ロヴィスコは取り合わない。
どうして、ライツの言うことを信じないのか。
あんな妙な力を持つ連中を信じて、ライツの話には耳を貸さない。
そんなロヴィスコに対して、どこか黒く靄のかかった何かがライツの内に溜まっていく。

それぞれに別れた後も、ロヴィスコは時折ライツの様子を見に来ていた。
とことん、甘い男だと思う。
善良な人間ならば、その甘さに絆されるのだろう。
だが、ライツは違う。
そんな上っ面の甘さなど、むしろ踏みにじってしまいたくなる。
メチャクチャに壊して、それでもなお甘いことが言えるのか試してやりたい。

ああ、そうだ。
いっそ、すべて壊してしまえばいい。
あんな魔物どもに壊されてしまう前に。
ライツがこの手で、ロヴィスコを壊してやればいい。
そうすれば、他の誰もロヴィスコを壊すことは出来なくなる。
ロヴィスコを、アモンテールの手から救ってやれる。
物語の中で、ライツ一世が光の乙女を救い出したように。

ノックの音が聞こえた。
また、ロヴィスコがやってきたようだ。
そんなにライツのことが気にかかるなら、あんな連中の元など離れてここに戻ればいい。
あの連中に気兼ねしてそれが出来ないのなら、ライツが手伝ってやろう。
腰のナイフを抜き取ると、薄く笑いながらベッドに突き立てる。





信じられないように目を見開いて、ロヴィスコが自分にまたがるライツを見上げる。
コフ、と血を吐き出した唇が、小さく何かを呟くように動いた。
だがそれも僅かのことで、すぐに糸が切れた操り人形のようにコトリと崩れ落ちる。

ロヴィスコの服を染める赤をどこかうっとりと眺めながら、ライツはナイフから片手だけを外してロヴィスコの頬にその手を滑らす。
船乗りだったロヴィスコの肌は決して女のように滑らかなものではなかったが、その感触はライツを陶然とさせた。
指で唇をなぞり、誘われるようにまだ僅かに温もりの残るそれに口付ける。
力なく開いた唇から、ゆっくりと口内に舌を這わせた。
舌に感じる、甘い血の味。
同じ甘さでも、こんな甘さなら悪くない。

最後に、ロヴィスコが紡いだ言葉。
声にすらならなかった、今際の一言。



『ラ』
『イ』
『ツ』



満足げな笑みを浮かべて、ライツはロヴィスコの唇を舌で舐め上げる。
ロヴィスコが最後に瞳に映したのは、ライツの姿。
ロヴィスコが最後に耳にしたのは、ライツの声。
そして、ロヴィスコが最後に唇に乗せた言葉は…………ライツの名。

全ては、ライツのものだ。
瞳も声も唇も身体も魂も、何もかも。

えも言われぬ高揚がライツを支配する。
最初から、こうしておけば良かったのだ。

もう、誰もライツからロヴィスコを奪うことは出来ない。
永遠に、ライツだけのものになったのだ。
これほど確実なものがあるだろうか。
愛だの慈しみだの、そんな不確かで曖昧なものなど、何の意味もない。





なあ、おまえも嬉しいだろ?
俺のものになれたんだから。
本当は、早く俺のものにしてほしかったんだろ?
だから、飽きもせずに俺のところに来てたんだよな。
なら、望みどおり、全てを俺のものにしてやるよ。
おまえ自身も、おまえが持っていたものも、ひとつ残らず。





扉の開く音と覚えのある女の声を背に聞きながら、ライツはゆるりと口角を釣り上げた。







初ヤンデレ。ヤンデレになってるかどうか、不安ではありますが。
この先ライツがロヴィスコの遺体の横で女性医術師さんを(自主規制)な展開も考えてたんですが、余りの鬱展開にさすがにドン引きされそうで自重しました……。
ロヴィスコが最後に呟こうとしたのが本当にライツの名だったのかどうかは、自由に解釈していただけるといいなと思います。

2010年10月31日UP

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