046:常備薬

「三蔵様、どうなさいましたか」
「三蔵様、お身体の具合でも悪いのですか」
「三蔵様、薬師を呼んで参ります」


三蔵様。三蔵様。三蔵様。
何度も繰り返される鬱陶しい呼びかけを無視し、三蔵はひたすら廊下を歩く。
自分達のその声が三蔵の気分を更に悪化させているなどとは、この連中は全く考えもしていないだろう。
この連中の声を聞くだけで、悪い気分が更に悪くなる。
三蔵は追いかけてくる声を振り払いながら、目的地へと歩く速度を速めた。




寺院の庭の端にある大きな木の下に歩み寄る。
すると、枝が派手にこすれる音がしたかと思うと、悟空が落ちてきた。
いや、正確には降りてきたと表現するべきなのだろうが、その勢いがまさに落ちたと言いたくなるほどのものだったのである。

「三蔵!」
長い髪のあちこちに小枝を絡ませた悟空が、嬉しそうに三蔵の方を向く。
「なあ、もう仕事終わったの?」
期待に目を輝かせて、悟空は三蔵の傍へと駆け寄る。
こんな日の高い時間に三蔵が悟空のところへ来てくれるなんて滅多にない事なのだから、悟空が遊んでもらえるかもと期待してしまうのも無理からぬ事だろう。

尻尾でも振りそうな勢いで三蔵の答えを待っていた悟空であるが、すぐにとある異変に気付いた。
「……あれ? 三蔵、なんか顔色悪いよ……?」
先程までの嬉しそうな顔から一変して、その表情が曇った。
「ひょっとして、どっか身体の調子悪ぃの? それなら、部屋で休んどかなきゃ!」
そう言うと、悟空は三蔵の手を取って私室のある建物の方へと歩き出す。
いや、歩き出そうとした。

「三蔵?」
その場から動こうとしない三蔵に、悟空はどうしたのだろうと三蔵の顔を覗き込む。
「大した事ねえ、多少疲れただけだ」
「でも……」
「本人が大丈夫だっつってんだよ」
三蔵は繋いだままの手を引っ張って木のすぐ横まで歩き、その根元に座り込んでしまった。
「木陰で少し休めばすぐ良くなる」
「でも、休むんならやっぱ部屋の方がいいんじゃねえの?」
「うるせえ。いいからここ座れ」
「え? うわっ……!」
グイッと強く引っ張られ、悟空はバランスを崩してそのまま三蔵の隣に座らされた。

そしてそのまま、三蔵は木の幹に凭れて目を閉じた。
悟空はどうすればいいのか迷っていたが、三蔵をしばらく見つめた後、三蔵の隣に座り直した。
何か話しかけようかと思ったが、三蔵がそれを望んでないと感じ、黙って悟空もまた木の幹に凭れかかった。




さわさわと心地良い風が吹き抜ける中で、三蔵は次第に気分が良くなっていくのを感じていた。
何があるわけでもない、ただ木陰に座っているだけだというのに。
右手から伝わる悟空の高めの体温が、三蔵の気分を落ち着かせていく。
病は気から、とはよく言ったものである。
薬師を呼ぶなどと言っていたが、そんなもの必要ない。
結局のところ、三蔵の精神状態を快方に向かわせる事の出来る薬は、ただ1つしかない。



たった1つの常備薬。
手放しては、きっと生きていく事すら出来なくなるほどの、強力な薬。
まるで麻薬のようだと思いながら、三蔵はそれもいいと微かに笑った。







……ベタですか? でも三蔵の常備薬は絶対悟空だと思うんですよ!
色々と不安定な三蔵の精神安定剤というか、三蔵を深みにはまらせる麻薬というか。
本人達は極めて幸せそうなので、中毒でも何でもいいんですよ、きっと。

2003年10月31日UP

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