070:あやとり

「なあ、三蔵、『あやとり』ってどうやるの?」
突然の悟空の質問に、三蔵は書類に走らせていた筆を止める。
「は? 何だと?」
「だから、『あやとり』ってどうやるのって」
「何なんだ、いきなり」
街に下りていたと思ったら帰ってくるなり訊かれて、そう思うなという方が無理だろう。

悟空の話によると、今街では『あやとり』が流行っているのだという。
あちこちで子供や若い女性が遊んでいるのを見て興味を持ったのはいいものの、端から見ているだけではやり方が今いち分からない。
輪っかになった紐を使う事は分かったが、それをどうやって両手にあんな色々な形に絡ませるのかが分からないのだ。
だから、何でも知っている三蔵に訊いてみよう、と思ったらしい。

「くだらねえ。他にいくらでも遊びくらいあるだろうが」
「だって、なんかすっげえ面白そうだったんだもん」
そう言う悟空の瞳は期待にキラキラ輝いている。
「……んな面倒くせえ事してられるか。街でやってるヤツらにでも訊いてこい」
「んー、でも俺、三蔵に教わりたいんだもん」
そしたら三蔵と一緒に遊べるし……と小さく呟いて、悟空は執務机に両肘を乗せる。

そんな可愛い事を言う悟空に、三蔵もほだされそうになる。
しかし、三蔵には悟空に『あやとり』を教えられないワケがあった。




要するに、三蔵も『あやとり』なる遊びを知らないのである。




もちろん、名前だけは知っているし、それがどういった遊びかも一応知ってはいる。
だが、実際にそれで遊んだ事がないため、やり方を知らないのだ。
それなら正直に「知らない」と言ってしまえばいい話であるが、そこは天上に届きそうなほどにプライドの高い三蔵の事。
悟空の前で「知らない」「出来ない」といった類の事は、死んでも言えないのである。

八戒と悟浄が訪ねてきたのは、そんな三蔵がどうしたものかと考え込んで間もなくだった。
「なあなあ、八戒は『あやとり』って知ってる?」
三蔵に対していくら粘っても教えてもらえないと悟った悟空は、八戒に尋ねてみた。
「あやとりですか? 知ってますよ。最近流行ってるみたいで、よく街でも見かけますしね」
「本当? あれってどんな風に遊ぶの?」
「ああ、簡単ですから教えてあげますよ」
そう言うと、八戒は何処からともなく輪になった紐を2本取り出した。
そして、八戒先生の『あやとり講座』が始まったのである。

「これを……こうして…………ほら、『ダイヤモンド』」
「うわー、すげー!」
八戒の手先を見ながら、悟空は大喜びである。
そこに、悟浄が首を突っ込む。
「俺だってちょっとくれえ出来るぜー。…………ほーれ、『ホウキ』」
「本当にホウキみてー。面白いよな、これ」
八戒や悟浄の技を見て喜んでいた悟空であるが、八戒に丁寧に教えてもらいながら『ゴム』や『タワー』の作り方や、2人でやるあやとりの方法などを教えてもらった。




あやとりに夢中になっている3人は気付かなかった。
書類に向かっているはずの三蔵が、これからの悟空とのあやとりライフのため、これ以上ないほど真剣な眼差しで3人の手元を見つめていた事に。



以後、最高僧がこっそりあやとりの特訓をしている光景が目撃されたかどうかは定かではない。







あやとり特訓中の最高僧。紐が絡まって1人キレる最高僧。
そして特訓の甲斐あって悟空に技を披露して喜ばれ、とても満足げな最高僧。
私はそんな最高僧が大好きなんですが、同意して頂ける方はいらっしゃるでしょうか(笑)
2人あやとりをやっている三蔵と悟空の光景は、さぞかし微笑ましいのではないかと。

2004年3月9日UP

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