075:ふわふわで甘いもの

「オマツリ?」
余り聞き慣れない言葉に、ヴォルグは首を傾げた。
目の前では、一歩は嬉しそうに何やら手に抱えている。

「ええ、えっと、カ、カーニバル? いや、フェスティバルかな? でもそんな大掛かりなものじゃないし……」
ロシア語が分からない一歩は、何とか英単語で説明を試みる。
「アア、大丈夫。分かりましタ」
ヴォルグがそう答えると、一歩は安心したように息をつく。
「それでですね、折角ですからヴォルグさんが日本にいる間に、一度どうかなぁって思って……」
「ハイ。行ってみたいでス」
「本当ですか!? えと、それじゃあこれ、浴衣なんですけど」
そう言いながら、一歩が手に持っていたものを差し出す。
「ユカタ?」
「はい、お祭りに行く時の日本の服装というか……」
それを受け取って、ヴォルグは浴衣を広げ、帯やら何やらと見比べる。
「これ、どうやっテ着るのですカ?」
「あ、ボク、着付けできます!」
「幕之内が着せてくれるんですカ?」
「はい! ……あ。あの、ヴォルグさんが嫌なら無理に着なくても……」
途端にしょんぼりと元気をなくした一歩に、ヴォルグは若干慌てて首を振る。
「そんなコトないでス。ボクのために用意してくれて、とても嬉しいでス」
笑顔が一歩に戻ったのを見て、ヴォルグもホッと息をついた。

一歩に着せてもらった浴衣姿で、ヴォルグは祭りの喧騒の中にいた。
見れば一歩も色違いの浴衣を着ている。いわゆるペアルックである。
普段ならむしろ一歩の方が恥ずかしがりそうなのにと少し意外だったが、ヴォルグは一歩と同じ服で同じ道を並んで歩いている事が嬉しかった。
一歩にとても近い距離にいる事を、実感できる気がして。
自然、一歩を見つめる瞳に優しさと愛しさが増す。
不意に一歩が振り向き、ヴォルグはその瞳に想いを覗き込まれそうな錯覚を起こしてつい視線を逸らした。
「どうかしたんですか? ヴォルグさん」
「エ、ウン、こっち見てるヒト多いから、ボク、変に見えてるんじゃないかと思っテ」
誤魔化すようにそう言うと、一歩は何かに気付いたように笑った。
「ああ、それはきっとヴォルグさんが……」
そこまで言いかけて、一歩は言葉を止めてしまった。
本気で気になっていたわけではないのだが、そこで止められると却って気になりだすのは仕方がない事だろう。
「ボクが……何ですカ? やっぱり、変ですカ?」
少々不安になったのが、顔と声に出ていたのだろう、一歩は両手を勢い良く胸の前で振った。
「ち、違うんです! そうじゃなくて…………ヴォルグさんが…………」
一歩は小さな声でボソボソと呟いたため、この雑踏の中ではヴォルグには聞こえない。
「幕之内?」
ヴォルグが訊き返すと、一歩は小さくウーと唸りながらヴォルグに大股に近付いてその耳元で繰り返した。
「……ヴォルグさんが! ……格好良いから振り向いてるんです!」
目を瞬かせるヴォルグをよそに、一歩は耳まで真っ赤にしてズンズンと先へ歩いていく。
我に返って急いで一歩についていく自分の顔は、きっと相当緩んでいただろう。
一歩を抱きしめたい衝動に駆られたが、この人込みではそういうわけにはいかない。
ヴォルグはともかく、一歩が恥ずかしさの余り怒り出すのが目に見えているからだ。
伸びそうになる手を抑えつつ、ヴォルグは一歩の横にそっと並んだ。


祭りを楽しんでいる中で、一歩がある屋台に目を留めた。
「あ、わたあめだ。懐かしいなぁ。ヴォルグさんは、わたあめ好きですか?」
「見た事はありますケド、食べた事はないでス」
その返事を聞いた一歩は会場の片隅にあるわたあめの屋台に駆けていくと、1つ購入して戻ってきた。
「甘いですけど、1つを半分ずつにするなら、食べたって平気ですよね」
一歩は笑うと、ついていた割り箸を半分に割って手際良くわたあめも半分に分けてヴォルグに渡した。

受け取ったヴォルグは、少し見つめた後、その白い雲のようなお菓子を一口食べてみた。
「どうですか?」
「甘いでス。でも、美味しい」
一歩に向けて微笑むと、一歩は嬉しそうに、良かった、と呟いた。
安心したのか、一歩もわたあめを食べながら笑う。
「ボク、このふわふわした感じが子供の頃から大好きだったんですよ」
ニコニコと上機嫌で隣を歩く一歩に、ヴォルグはふと何か悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべた。

「……『フワフワ』した『甘い』もの、ボク、もう1つ知ってまス」
「へえ、何ですか、それ?」
興味津々といった表情で尋ねる一歩に、ヴォルグは最上級の笑顔を向ける。
と同時に、周囲をざっと確認してから、素早く触れるだけのキスを掠め取った。

一瞬だけ触れてすぐに離れたキスに、一歩は何が起こったのか分からないといった風でしばらくポカンとしていた。
が、状況を悟った途端に一歩の顔が真っ赤に染まっていく。
「ヴォ、ヴォ、ヴォ、ヴォルグさんっ! な、何を……!」
半ばパニックになりかけている一歩を、ヴォルグは微笑んだまま見つめる。
「『フワフワ』した『甘い』もの、でス」
「…………こ、こんな人の多いトコで……誰か見てたらどうするんですか……」
「大丈夫。ちゃんと確認しましタ」
笑顔のままそう言い切ったヴォルグに、一歩は言い募ろうとした口を閉じてため息をついた。
その一歩の様子に、ヴォルグは一転して真剣な顔になる。
「……幕之内、嫌でしたカ? 嫌だったなラ、謝りまス。ゴメンナサイ」
そう言って、小さく頭を下げる。

「え、えっと……その……い、嫌じゃ…………」
「エ?」
「…………い、嫌じゃないです。でも、場所は、選んで下さい……」
真っ赤になって俯きながら、一歩は小さく呟いた。
ヴォルグとしてはむしろ一歩に対して、こんな抱きしめたくなるような姿を見せる場所を選んで欲しいと思ったりもする。
実際、今だって一歩に伸びていきそうになる手を我慢するので精一杯だ。
もちろん一歩は無自覚なのだから、口には出さないが。

「それじゃ、今のは許してくれますカ?」
「……はい」
「良かっタ」
そう言って笑うと、一歩もどこか安心したように笑った。


再び歩き出そうとした時に、温もりが手に触れた。
驚いて隣に目を遣ると、俯いた一歩の赤く染まった耳が見えた。
「……はぐれると、いけませんから」
「ウン」
ヴォルグはその温もりを確かめるように、強く握り返した。







お題のタイトル同様、甘々を目指してみたんですがどうでしょうか!
ちょっと少女漫画風味で。
……1行目の時点でオチが読めた方も多いかと思いますが、そこはご愛嬌。
お祭りといえば、揃いの浴衣ですよ。
きっと寛子お母さんのお手製に違いありません。
ヴォルグと一歩がお揃いの浴衣。鷹村さん辺りに見つかったら、またからかわれそう……。

2006年3月22日UP

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