その背に翼がある事を知ったのは、いつだったか。
いや、きっと初めて出逢った時から知っていた。
ただ、知らないフリをしていたかっただけなのかもしれない。
予感はしていた。
いつか、この日が来る事を。
西への旅が終わり、長安に戻って三仏神への報告も済ませた。
そうして寺院に戻った時、それは告げられた。
旅に出る、と。
1人で、色んなところを、色んな人達を見てくる……と。
そう告げる悟空の瞳には、一片の迷いもなかった。
真っ直ぐに三蔵の瞳を見る悟空は、西への旅に出る前の少年ではなく、1人前の青年の姿をしていた。
いつの間にか、伸びていた背丈。
無邪気さが減った分、増していった精悍さ。
ダメだとは、言えなかった。
「行ってこい」と、それだけを告げた。
そうして、悟空は三蔵の前からいなくなった。
仕事を邪魔される事もない、静かで平和で単調な毎日。
悟空を拾ってくる前は当然だった事が、今では違和感となって三蔵にまとわりつく。
途端に空虚になったような自分に、三蔵は自嘲じみた笑みを浮かべた。
その翼をもぎ取ってしまえと、内心が囁いた事もあった。
羽根を毟って、飛べないようにしてしまいたいと、何度考えた事か分からない。
繋いで、閉じ込めて、どこにも行けないように。
それでも、三蔵の中の理性がそれを阻んだ。
そして、それは正しい事であって、決して後悔などするべき事ではない。
これで良かったのだと、何度も何度も繰り返す。
自由こそ、悟空の輝きの源なのだから。
それを奪う事は、誰にも許されない。
三蔵は立ち上がり、執務室の窓を開けて空を見上げる。
抜けるような青空の下、1羽の白い鳥が三蔵の視界を横切った。
鳥は旋回するとこちらに近付き、無意識に伸ばした三蔵の左手にひらりと止まる。
人懐っこいその様がまるであの小猿のようで、三蔵の表情が僅かに歪む。
その羽根を掴み取ってしまいたい衝動に駆られ、三蔵は大きく首を振る。
左手を軽く振ると、鳥は再び広い青空へと飛び立っていった。
離れていく白い鳥を見つめながら、三蔵は光明三蔵の言葉を思い出す。
────本当の自由は、還るべき場所のあることかもしれませんね……────
それなら、自分は悟空の『還るべき場所』でいてやろう。
悟空が、自らの翼を悔やまないように。
気が済むまで飛び回って、疲れたら三蔵の元に還ってきて羽根を休めればいい。
その時は、ハリセンと怒鳴り声と、山盛りの食べ物で迎えてやろう。
そうすれば、きっと悟空にも分かるだろう。
例え何度飛び立っていったとしても、そして何年経ったとしても、還る事の出来る場所がここにあるという事を。
お前が休む枝はここにある。
だから、いつか必ずここに還ってこい。
三蔵は、窓を開け放したまま再び執務机に向かった。
いつの日か、「ただいま、三蔵」と笑顔で執務室の扉を開ける悟空の姿を思いながら。
三空とか書いときながら悟空が出ない話で、しかも離れ離れ。すみません。
イメージ的には無印六巻の最初のトビラの裏の三蔵の短文。
いつか悟空は(一度は)三蔵の元から離れるんじゃないかと思ってますので、その辺を書きたかったんです。
でも、きっと最終的には悟空は三蔵のところへと帰ってきますよ! もちろんですとも!