077:空を飛ぶ鳥

その背に翼がある事を知ったのは、いつだったか。
いや、きっと初めて出逢った時から知っていた。
ただ、知らないフリをしていたかっただけなのかもしれない。





予感はしていた。
いつか、この日が来る事を。
西への旅が終わり、長安に戻って三仏神への報告も済ませた。
そうして寺院に戻った時、それは告げられた。

旅に出る、と。
1人で、色んなところを、色んな人達を見てくる……と。
そう告げる悟空の瞳には、一片の迷いもなかった。
真っ直ぐに三蔵の瞳を見る悟空は、西への旅に出る前の少年ではなく、1人前の青年の姿をしていた。
いつの間にか、伸びていた背丈。
無邪気さが減った分、増していった精悍さ。

ダメだとは、言えなかった。
「行ってこい」と、それだけを告げた。




そうして、悟空は三蔵の前からいなくなった。
仕事を邪魔される事もない、静かで平和で単調な毎日。
悟空を拾ってくる前は当然だった事が、今では違和感となって三蔵にまとわりつく。
途端に空虚になったような自分に、三蔵は自嘲じみた笑みを浮かべた。

その翼をもぎ取ってしまえと、内心が囁いた事もあった。
羽根を毟って、飛べないようにしてしまいたいと、何度考えた事か分からない。
繋いで、閉じ込めて、どこにも行けないように。

それでも、三蔵の中の理性がそれを阻んだ。
そして、それは正しい事であって、決して後悔などするべき事ではない。
これで良かったのだと、何度も何度も繰り返す。
自由こそ、悟空の輝きの源なのだから。
それを奪う事は、誰にも許されない。



三蔵は立ち上がり、執務室の窓を開けて空を見上げる。
抜けるような青空の下、1羽の白い鳥が三蔵の視界を横切った。
鳥は旋回するとこちらに近付き、無意識に伸ばした三蔵の左手にひらりと止まる。
人懐っこいその様がまるであの小猿のようで、三蔵の表情が僅かに歪む。

その羽根を掴み取ってしまいたい衝動に駆られ、三蔵は大きく首を振る。
左手を軽く振ると、鳥は再び広い青空へと飛び立っていった。

離れていく白い鳥を見つめながら、三蔵は光明三蔵の言葉を思い出す。






────本当の自由は、還るべき場所のあることかもしれませんね……────






それなら、自分は悟空の『還るべき場所』でいてやろう。
悟空が、自らの翼を悔やまないように。
気が済むまで飛び回って、疲れたら三蔵の元に還ってきて羽根を休めればいい。
その時は、ハリセンと怒鳴り声と、山盛りの食べ物で迎えてやろう。

そうすれば、きっと悟空にも分かるだろう。
例え何度飛び立っていったとしても、そして何年経ったとしても、還る事の出来る場所がここにあるという事を。






お前が休む枝はここにある。

だから、いつか必ずここに還ってこい。






三蔵は、窓を開け放したまま再び執務机に向かった。
いつの日か、「ただいま、三蔵」と笑顔で執務室の扉を開ける悟空の姿を思いながら。







三空とか書いときながら悟空が出ない話で、しかも離れ離れ。すみません。
イメージ的には無印六巻の最初のトビラの裏の三蔵の短文。
いつか悟空は(一度は)三蔵の元から離れるんじゃないかと思ってますので、その辺を書きたかったんです。
でも、きっと最終的には悟空は三蔵のところへと帰ってきますよ! もちろんですとも!

2006年10月4日UP

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