今から思えば、自分はとても可愛くない子供だったと思う。
冷めた眼をして、世の中を知ったような事を言う。
カトリックの孤児院にあっても神など信じず、お祈りの時間もただ形だけのものでしかなかった。
そんな子供でも、他の子供達と分け隔てなく面倒を見てくれたシスターは、心根の優しい人だったのだろう。
今会えば、きっと素直に感謝の言葉を伝えられるだろうが、今更それをする事も無意味である気もする。
やがて成長し、ようやく見つけた片割れ──花喃を愛した。
今なら分かる。
彼女を愛したのは『双子の姉』だったからではなく、『花喃』だったからだという事に。
花喃と共にいられる幸福の中で、初めて心から祈りを捧げた。
この、2人での暮らしが、いつまでも続いていきますように……と。
その祈りの中で、しばらくは本当に穏やかな日々が続いた。
何の前触れもなく訪れた、崩壊。
酷く抵抗したのだろう、無残に荒らされた部屋にはもう、彼女の暖かさは残されていなかった。
残されていたのは、全身の血が急速に冷えていくような深い絶望だけ。
それでも、祈りは消えなかった。
その手を血に染めながらも、必死に祈った。
花喃が無事でありますように────と。
それさえ叶えられるなら、地獄に落ちても構わない。
この身も命も、全て捧げるから。
だから、どうかこの祈りだけ聞き届けて。
けれど、待っていた結末は────もっとも、耐え難いものだった。
どれだけ祈っても、願っても、神には決して届かないのだと思い知った。
そんな絶望の中で出会った、金の瞳。
いつでも真っ直ぐに見つめてくるその眼差しが、最初は怖かった。
自分の中のドロドロと爛れた部分が膿のようになっていて、それを射抜いてくる瞳が痛かった。
こんな綺麗な眼で見てもらえるような存在ではない事を、自分が一番よく知っていたから。
だけど、いつからだろう。
その金色の輝きに惹き寄せられるようになったのは。
真っ直ぐで力強い眼差し。
けれど、その瞳の中には全てを許すような深さが見える気がした。
彼の……悟空の明るさと優しさに、何度救われただろう。
血に染まった手を恐れずに、そのまま握り返してくれる。
洗い流す事など出来なくても、悟空は決してその手を嫌悪しない。
それは、悟空が揺るぎない強さを持っているからだ。
真っ直ぐに、前を見詰め続ける強さを。
その強さに、負けてはいけないと思った。
悟空にその心を救われ、守られ…………それだけでいるわけにはいかない。
この手を悟空が必要としてくれた時に、支えられるだけの強さを得たかった。
今度こそ、大切な人をこの手で守れるように。
「……八戒?」
「ああ……悟空、どうしました?」
「何か八戒、目ぇ瞑ったままジッとしてるから、寝てんのかと思ってさ」
「さすがに僕も、立ったまま眠る特技までは持ってないですねぇ」
「俺もやった事ねえけど、出来るかも……って、八戒!?」
引き寄せて抱きしめた時の、この悟空の反応が実は好きだったりする。
赤くなって戸惑う様は、とても可愛いと思う。
悟空の高い体温が伝わって、八戒を暖める。
心音が、ゆっくりと重なっていく。
もう、祈りは要らない。
失くしたくないものを守るのは、神ではなく自分自身。
腕の中の温もりを、決してもう誰にも奪わせない。
自分自身に誓いを立て、再び目を閉じた。
ほぼ八戒の一人語りに近いものになりました。悟空最後だけだ……。
「祈り」のお題で最初に思いついたのが、八戒でした。
八戒の過去とか思いを書こうとするとつい甘さが少なくなっちゃうんですが、甘々を期待して読んで下さった方すみません……。