084:野菜スティック

「それじゃ、悟浄、三蔵。おやすみなさい」

そう言い残して、八戒は眠り込んだ悟空を抱えて隣室へと去っていった。
騒がしさから一転して静寂が訪れた部屋で、悟浄は大きな音を立てて背中からベッドへと倒れ込んだ。
「あ〜食った食った!」
悟空のような言い様だなと自分でも思いつつ、悟浄はベッドの上で思いきり伸びをした。
チラリと視線を横に流すと、丁度三蔵が法衣を脱いで備え付けの椅子にかけているところだった。
「んだよ、三蔵。もう寝んのか?」
声をかけると、三蔵は僅かに悟浄に視線を向ける。
「当たり前だ。明日の朝には出発するんだからな」
「折角の誕生日なんだしよ〜、もうちっと何かあんだろ」
「知るか。祝いならしただろうが」
フイと顔を逸らすと、三蔵はもう1つの自分のベッドへと向かう。



そう、今日は悟浄の誕生日だった。
だから主に八戒が中心となって、宿の厨房を借りてご馳走などを作ってくれ、今の今まで宴会状態だったのだ。
しかし、さすがに宿でそうそう遅くまで騒いでいるわけにもいかず、さっさと切り上げる事にした。
そして、八戒が大まかに片付けた後、現在に至るのである。

悟浄としては、自分の誕生日を祝ってもらうというのは、少しくすぐったい気分になる。
八戒と一緒に暮らし始めた当時は、こういった祝い事に慣れなくて居心地の悪い気分にもなったが、今はもうそういう事もなくなった。
これも、毎年懲りずに誕生日を祝ってくれた八戒のおかげかもしれないと思う。
誕生日が良い日だと思えるようにしてくれた親友に、悟浄は内心で感謝している。
とはいえ、そんな事を言うガラでもないので、口にした事は一度もない。
それでも、八戒なら何となく分かってくれているだろうという思いがあった。

そして、誕生日に対する認識が変わった今、やはり目の前の生臭最高僧にも祝って欲しいなどと考えてしまうのだ。
仮にも、『それなりの関係』がある2人である。
それくらい望んだとしても、バチは当たらないはずだ。



「なー、プレゼントとかねえのかよ、プレゼントとか」
悟浄は身体を起こしながら、ダメ元で訊いてみた。
「ねえよ」
即答である。
分かっていたとはいえ、ここまであっさり切り捨てられるとさすがに切ないものがある。

悟浄は深くため息をつくと、心なしか肩を落として再びゴロンとベッドに横になる。
ふと、三蔵が動く気配がして振り向く。
見ると、三蔵はテーブルの上のグラスに1本だけ残っていた野菜スティックを手に取っていた。
三蔵は悟浄の方に顔を向けると、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「これくらいなら、くれてやらん事もない」
そう言い放った三蔵に、いかに悟浄といえどもカチンとくる。

いくら惚れている相手とはいえ、こうも馬鹿にした言動を取られて腹が立たないはずがない。
「いらねえよ、んなもん」
振り向いていた顔を戻すと、悟浄はベッドに寝転がったまま三蔵に背を向ける。
苛立ちのままに目の前の壁を睨みつけていると、もう1つのベッドがギシリと音を立てた。
おそらく三蔵がベッドに座った音だろう。
「本当にいらねえんだな」
どこか楽しげに聞こえる三蔵の声に、悟浄の機嫌はますます下降していく。

半分キレかかったような状態で、悟浄は勢い良くベッドの上に起き上がって振り向いた。
「だから、いらねえって言って……」
怒鳴ろうとした声は、最後までは続かなかった。
消えた言葉の代わりに、悟浄の視線は三蔵に……正確には、三蔵の口元に注がれていた。

ベッドに座っている三蔵の口には、先程の野菜スティックが咥えられていた。
まるで煙草を吸っているかのように、何気ない風に。
悟浄が呆然としていると、三蔵は僅かに口の端を上げ、咥えていた野菜スティックを煙草を持つように人差し指と中指に挟んで持った。
「そうか、いらんのか。残念だな。じゃあ、これは俺が食うか」
口元の笑みをそのままに告げる三蔵に、悟浄は我に返る。

「ちょちょ、ちょっと待った! いるいるいるいるいる!」
悟浄は慌てて声をかけると、ベッドから下りて立ち上がる。
三蔵のベッドの傍まで来ると、三蔵は再び野菜スティックを口に咥えて僅かに上を向く。
正直、一体どういう風の吹き回しだろうとか、もしかして何かの罠だろうかとか、目の前の三蔵は偽者じゃないだろうなとか、そういった考えがぐるぐると悟浄の中で回っていたりする。
しかし、このチャンスを逃すなんて事は悟浄には出来ない。

悟浄は座っている三蔵の両肩に手を置くと、ゆっくりと野菜スティックのもう一方の端を口に含む。
そして、慎重に少しずつ、スティックを短くしていく。

徐々に、三蔵の顔が近くなっていく。
互いの息がかかりそうな距離まで近付いたところで、悟浄は一旦動きを止めた。

ひた、と至近距離で2人の視線が絡み合う。
その紫暗の瞳から、三蔵の意図は読み取れない。
悟浄は三蔵の両肩にかけていた手を片方外し、三蔵の頭の後ろに回した。
そして、残った野菜スティックごと三蔵の唇に噛み付くように口付けた。

「んっ……!」
微かに漏れた三蔵の声に煽られ、その口付けを深くする。
舌で三蔵の歯列をなぞり、それによって微かに開かれた隙間からするりと口内に滑り込む。
そのまま、三蔵の口内を貪るように味わった。

すっかり柔らかく蕩けた野菜スティックを三蔵が嚥下するのと同時に、口付けたままベッドへと倒れ込んだ。
「……っふ……」
ようやく唇を離すと、三蔵は頬を紅潮させ、荒い息をついて悟浄を見上げた。
そんな三蔵の様子に、悟浄はなけなしの理性が崩れていく音を聞いた。





「…………誘ったのはお前だかんな。もう止まんねえぞ」
三蔵の耳元で囁くようにそう告げると、三蔵はフイと視線を逸らした。
「……勝手にしろ」
その言葉に悟浄は嬉しそうに笑うと、再びその唇を重ねた。







悟浄さん、誕生日おめでとう! ……って事で書いたお話です。
なんかもうアホですみません。でも書いてて楽しかったです(笑)
今回、『誘い受けな三蔵様』をテーマに書いてみました。
浄三だといつも主導権が悟浄にあるので、たまにはこんな感じで。

2006年11月9日UP

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