093:お使い

それは、ほんの小さな気紛れだった。



退屈だ退屈だと傍で騒ぐ悟空に、簡単な使いを命じた。
使いと言っても、街に下りて2、3のものを買ってくるだけのものだ。
今まで悟空に使いなどやらせた事はなかったが、これくらいなら大丈夫だろうと思った事が1つ。
そして、最近悟空がやたらと三蔵の役に立ちたがっている事を感じたのが1つだ。

案の定、三蔵が使いの事を言い出すと、悟空の瞳があからさまに輝いた。
「行く! 俺、何でもやる!」
長い後ろ髪を揺らしながら、悟空は三蔵の執務机へと身を乗り出した。

「マルボロ赤ソフトを2箱と、ライター1本買ってこい」
他にも要るものはあったが、とりあえず最初はこんなものだろうと三蔵は敢えてその2種類に絞った。

「えっと……『まるぼろあかそふと』を2つと『ライター』だな! 分かった、じゃ行ってくる!」
そう言って踵を返して行こうとした悟空の服の襟首を引っ掴む。
「金も持ってかねえでどうやって買う気だ、てめえは」
「…………あ」
「『あ』じゃねえ、ったく。本当に大丈夫だろうな」
「だ、大丈夫だよっ!」
悟空はムキになって言い返す。
「まあいい。とにかく、行ってこい」
三蔵は必要なお金を悟空に渡すと、悟空の頭をポンと叩いた。
すると悟空は嬉しそうな笑顔を見せると、張り切って執務室を出て行った。




書類に筆を走らせる事を止め、三蔵はチラリと時計を見る。
悟空が使いに行ってから既に何度目か分からない仕草だが、いつでも時計の長針は30度ほどしか動いていない。
そんな自分の行動が馬鹿馬鹿しいと思うが、今は妙に時間の流れが遅く感じてならない。
意外に過保護らしい自分にため息をつくと、三蔵はなるべく時計を見ないように意識しつつ書類に向かった。


それから間もなくして、廊下を元気良く走る音が聞こえてきた。
その足音は瞬く間に近付き、やがて勢い良く扉が大きく開かれた。
「ただいま〜! 買ってきたよ、さんぞー!」
そう言うと、悟空は扉を閉めてから執務机の前に駆け寄り、紙袋を三蔵に差し出した。
三蔵はそれを受け取ると、紙袋の中身を机の上に並べて置いた。

マルボロ赤2つにライター。
だが、三蔵はそのマルボロを手に取ると眉を寄せた。
「おい、俺は『マルボロ赤ソフト』と言ったと思うが」
「え……。そ、それじゃなかった?」
悟空は先程までの期待に満ちた表情を、すぐさま不安に満ちた表情に変える。

悟空が買ってきた煙草は、確かにマルボロの赤だった。
だが、いつも三蔵が買っているソフトパックではなくボックスタイプのものだったのだ。
それを知ると、悟空は途端にシュンとしおれてしまった。
「……ごめん、俺、もう1度買ってくる」
泣きそうな顔で踵を返そうとした悟空の腕を、三蔵は軽く掴んだ。
驚いて振り返る悟空に、三蔵は手を離して再びマルボロを手に取った。
「別にこれでも大差ねえ。いちいち買い直さなくていい」
「でも…………」
「いいって言ってんだろ。……『次』はちゃんとソフト買ってこい、いいな」
そう言って悟空の髪をクシャクシャと掻き混ぜてやると、途端に悟空の表情が明るくなった。
「うん! 次は絶対間違えないから! いつでも言って!」
嬉しそうに言う悟空を見て、三蔵に僅かに苦笑が漏れる。


初めての使いならこんなものだろうと思いつつ、三蔵は悟空の買ってきたマルボロの封を切った。







悟空の『はじめてのおつかい』でございます。
正直、これはメモを持たせなかった三蔵様のミスであると私などは思うわけです(笑)
ところで、マルボロ赤ソフトの『ソフト』って『ソフトパック』という解釈で良かったのかとか、ソフトパックとボックスタイプって味とかは一緒なのかとか疑問はあるのですが。
調べてみたんですが、その辺解説してるサイトさんが見つかりませんで。
というか、調べるまでソフトパックとボックスタイプの2種類ある事すら知りませんでした。
そ、その辺矛盾があってもどうかご勘弁を……!

2003年10月18日UP

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