蜂蜜日和


「リンナ! この辺で食おうぜ」
丁度良い木陰を見つけて、ベルカが小走りに駆けていく。
陽光を浴びて笑うベルカを見て、リンナの顔に自然と微笑みが浮かぶ。

今日は安息日で、いくつかの指示だけを出した後はベルカの身体が空いた。
この街の太守の任に着いてから色々と忙しく、やっと得られた休みだ。
今日一日はゆっくりしてもらおうと、ベルカの希望もあって2人でここに来た。
離宮の敷地内の小さな湖ではあるが、森に囲まれているため人目に付きにくく、離宮にやってきた初日に2人で訪れて以来ベルカのお気に入りの場所になったようだ。

木陰に座り、持参してきた弁当を開く。
どう見ても2人分の量ではないが、ベルカの食欲ではこの程度はすぐになくなってしまう。
ベルカが美味しそうに食事を摂る姿が、リンナは好きだった。
美味しいものを食べているときのベルカは本当に幸せそうで、リンナもとても幸せな気持ちになれるのだ。

デザートのハニーケーキを頬張るベルカは実に可愛いが、生地以外にも中に蜂蜜を入れ込んであるケーキだけに口の周りがべとついてしまっている。
食べ終わった指をよく見ると、そちらにも蜂蜜が絡んでしまっているようだ。
お拭きしなければ、とリンナはハンカチを取り出そうとして、それが汚れていることに気付く。
そうだ、ここの来る途中でベルカが躓いて膝を付いたときに使ってしまったのだ。

予備のハンカチを持ってこなかった自分の迂闊さを悔やむが、今はそんなことを言っている場合ではない。
ベルカに目をやると、唇についた蜂蜜を舐め取っているのが見えた。
覗く舌と、唇を舐める仕草に、鼓動が大きく跳ねる。
ベルカの舌の届かない位置に、まだついている蜂蜜。
とても甘そうなそれと、きっともっと甘いであろう────

そこまで考えて、リンナは思わず頬を朱に染める。
いくら想いを通じ合わせたとはいえ、それを実行するのはあまりにも調子に乗りすぎではないだろうか。
ベルカはきっと怒らない。しかし……。

以前ベルカに言われた、「おまえはいつも考えすぎなんだよ」という言葉が蘇る。
たまには思いのまま行動してみろ、と苦笑しながら髪をかき回された。
思いのままに。
それが、本当に許されるのなら。

リンナはひとつ深呼吸をすると、ベルカに手を伸ばす。
「殿下……失礼します」
両手でベルカの顔を包み、意を決してベルカの口周りの蜂蜜に唇を寄せる。
唇と舌で、丁寧にそれらを舐め取っていく。
舌に感じる味は、今まで食べたどんな蜂蜜よりも甘い気がした。

ゆっくりと唇を離すと、ベルカは真っ赤な顔で呆けていた。
ある意味、硬直しているといっても良い状態だ。
リンナの行動が、あまりにも予想外すぎたのかもしれない。

「あの……殿下」
「えっ……あ、え、あ、ああ、悪い……」
ようやく我に返ったらしいベルカが、どこかオロオロしながら答えている。
「ご不快、でしたでしょうか……」
「そ、そんなことねえ!」
不安になり、そう尋ねてみるも、即座に否定の返事が与えられてホッと息をついた。

「その、ちょっと、ビックリしただけだ」
それはそうだろう、と思う。
リンナ自身、こういう行動に出た自分が意外なのだから。

なんとなく気まずい沈黙が流れ、リンナもどうしたものかと考えるが良い案が浮かばない。
そこに、ベルカがズイッと両手を差し出してきた。
ベルカの意図が分からず、リンナは困ったようにベルカを見返す。
「殿下?」
「…………蜂蜜」
「蜂蜜……?」
「まだ付いてるだろ!」
赤く染まった顔で、ベルカが半ば自棄気味に叫ぶ。

この流れでその言葉は、つまり。
「え、あ、その、よ、よろしいのでしょうか……」
今度はリンナが赤くなる番で、戸惑いと期待がない交ぜになった声を返す。
「良くなかったら最初から言うわけないだろ!」
未だに頬を染めたまま、ベルカは早くしろと言わんばかりの勢いで手を差し出している。

リンナは僅かに震える手でベルカの手を取り、先程と同じように唇を寄せた。
果たして、これ以上は自分の理性が保つのだろうかと若干の危機感を覚えながら。





8月3日は蜂蜜の日、だそうで、勢いで書きました。
蜂蜜=舐める、しか思いつかなかった自分の穢れっぷりに驚愕しています。
たまにはちょっぴり積極的なリンナもいいよね、ということで!

2011年8月3日UP
おもちゃ箱 TOP

SILENT EDEN TOP