ねがいごと


そこは、とあるデパート。
周辺では珍しく大規模なそのデパートはテナントも豊富で、スポーツ用品の品揃えの良さなどから時々鴨川ジムの面々も訪れる。
その1人、木村は買い物を終え、ついでとばかりにデパート内をうろついていた。

中央部分の吹き抜けになっている場所に出ると、何やら子供達のはしゃいだような声が聞こえてきた。
そちらに目をやると、何本かの笹が見える。
その笹に揺れている何枚もの短冊を見て、木村は今日が七夕だという事を思い出した。
どうやら無料で短冊を配るサービスをやっているらしく、親子連れや女子高生、OLらしき人々が楽しそうに備え付けられた台で願い事を書いては笹に結び付けている。
女ってこういうのが好きだよな、と微笑ましく見ていると、店員らしき女性が近付いてきた。
「良かったら、お客様もどうぞ」
「え、いや、オレは……」
慌てて断ろうとするが、笑顔で短冊を差し出す女性店員に負けてつい受け取ってしまった。

手にした1枚の短冊を見ながら、たまにはいいかと思い直し、誰もいない台を見つけてペンを取る。
ほんの少し思案し、ペンを走らせた。

『チャンピオンベルト奪取!』

さすがにこれを笹に結ぶのは恥ずかしいというか照れがあるが、1年に1回の事だからと言い訳めいた事を考える。
それに、背を活かして少々高いところに結んでおけば余り他人の目にも付かないだろう。

少々くすぐったい気持ちで、木村は何本もある笹のうち、1番端にあるものに近付く。
短冊を結び付けようとして、ふとかなり高い位置に結ばれている短冊が目に入った。
女子供ではこの高さに結ぶ事は無理だろう。
父親にでも結んでもらったのだろうか、などと考えた次の瞬間に飛び込んできた短冊の内容に一瞬その場で固まった。

『6かいきゅうせいは!!!!!

…………今のは幻だろうか。
目を擦ってもう一度見てみるが、やはりそこには豪快な字で書かれた短冊がその存在を主張している。
「………………せめて『階級』くらいは漢字で書けよ………………」
最早誰が書いたのか考えるまでもない短冊を見て、木村は深くため息をついた。

まさか他にはないだろうな……と、木村は例の短冊の周りをさりげなく見回してみる。
すると、何枚かの短冊が近いところにあるのが見えた。
内容を確認してみたいような、したら後悔するような。
そんな複雑な気持ちのまま、木村は好奇心に抗えずに手近の短冊をペラリとめくった。

『目指せ新人王!』
まあ、これは特におかしくもないだろう。
さすがにソツがないというか、優等生な短冊だ。
いくら何でも短冊の願い事までダジャレに染まる事はなかったようだ。

『世界一のラーメン屋を開いてやる!』
世界とはまた大きく出たものだ。
しかし、ボクシングはともかくラーメンの腕でなら本当に通用しそうだと思ってしまう。
頑張れよ、と、ピンと短冊を弾いて笑う。

『宮田くんと早くリング上で巡り合えますように』
……とりあえずこういう場では個人名は伏せとけと思うが、これはもう仕方ないかとも思える。
本当に宮田とボクシングの事しか頭にないというのが、一途である意味健気だ。
これだけ想われれば宮田も本望だろう。

そういえば、とうとう本格的に付き合い出したようだが、あの2人はちゃんと進展しているんだろうか。
誰にもバレていないと思っているみたいだが、他はともかく木村にはすっかりバレバレである。
ただ、2人が気付かれたくない風なので気付いていないフリをしているだけだ。
別に偏見の目で見たりする気はないし、何かあったら相談に乗るつもりでいるだけに、話してくれないのが少々寂しい気もする。
しかしこれに関しては、そうそう簡単にカミングアウト出来る類の話でもないだけに仕方がないとは分かっていた。
いつか話しに来いよ、と、木村は不器用な後輩達に心中で呟いた。

少々しんみりとした気持ちで自分の短冊を付けようとした時、見えにくい場所にもう1枚短冊があるのに気付いた。
何気なくそれを手にとってめくった瞬間、木村の手が止まった。



『悲願成就』



…………いや、短冊の願い事自体は別におかしいものではない。
誰が書いてもさほど問題のない内容だろう。

ただし、その文字の筆跡に見覚えさえなければ。

気のせいかもしれない。
似た筆跡の人間などいくらでもいる。
しかし、さりげなく一歩の短冊の裏側に結び付けてあるその位置が疑惑を呼ぶ。

「………………まさか、な………………?」
『短冊に願い事』なんて男では、決してないはずだ。
例え鷹村辺りが強引に引っ張ってきたとしても、「くだらないですね」の一言で切り捨ててしまうはずだ。
第一、そうだとしたら『悲願成就』の悲願とは一体何の事なのか。
何か先程考えていた事も合わせてイロイロと考え付いてしまいそうで、嫌過ぎる。
いや、それは考え過ぎだ。
もし短冊の主が例の人物でも、おそらく内容的には一歩と似たようなものなのだろう。
そうだ、そうに違いない。

しばしブツブツと呟いていた木村は、1つの結論に達した。



見なかった事にしよう。



木村は何度か頷くと、素早くその場を離れて隣の笹に短冊を結び付けた。





七夕で小ネタ。作中の時期的には結構前で。
『悲願』がどういう意味なのか、『悲願』とは果たして1つなのか複数なのか。
その答えは、短冊を書いた本人のみが知るところでしょう……。
つーか、一体何やってんだ鴨川ファミリー(笑)
木村が気付かなかっただけで、会長や八木ちゃんや篠田さんのもあったりして。

2006年7月7日UP
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