しょっかく


それは、ようやく辿り着いた宿で各々くつろいでいた時。
絹を引き裂くような女性の悲鳴が、宿に響いた。
刺客が襲ってきたのかと、三蔵達は急いで悲鳴の主の元へと駆け付けた。

「どうしたんだ!?
バンッと扉を開けて真っ先に飛び込んだ悟空に、宿泊客と思しき女性が抱きついた。
この時、三蔵と八戒のこめかみには明らかに青筋が浮かんだのだが、今は特にそれは関係ないので割愛する。
それはともかく、悟空に抱きついた女性は恐慌状態に陥りながら叫んだ。

「ご……ご……ゴ○ブリィィィィ!」

「………………は?」
「ゴ、ゴ○ブリがっ……! そそそそそこにっ!」
女性が指差す先には、黒光りする超有名な害虫が確かにいた。
「何だ、ゴ○ブリかよ。てっきり刺客でも襲ってきたのかと思ったぜ」
「まあまあ悟浄。女性なんですから怖がっても仕方ないですよ。じゃ、お願いしますね、悟浄」
「って、俺かよ!」
ビシッとツッコミを入れる頃には、既に三蔵と八戒は部屋を出ていってしまっていた。
悟空は女性に抱きつかれたままで身動きが取れない。
「……こういうのって、ぜってえ俺なんだよな……」
悟浄はため息をつくと、害虫駆除に取りかかった。



ようやく悟空と悟浄が部屋に戻ると、三蔵と八戒がお茶を飲んでいた。
「……人に駆除やらせてくつろいでんなよ、お前ら……」
「たかがゴ○ブリごときに、いちいち構っていられるか。くだらねえ」
三蔵が言い捨てると、その横に悟空が座る。
「そうそう、別に怖くないよな。悟浄だと思えば」
「おいコラ待て! そこで何で俺を出すんだ!?
いきなり引き合いに出された悟浄が抗議すると、悟空ではなく八戒がそれに答えた。
「赤ゴ○ブリだからに決まってますよねぇ、悟空」
「うん」
「誰がだ、チビ猿!!
『チビ猿』にカチンときたのか、悟空は悟浄の頭上を指差しながら言い返す。
「だって触覚ついてるじゃんか!」
「勝手に触覚にすんな!」
ここから普段の言い合いに発展するかと思いきや、八戒の一言がそれを阻止した。

「……え!? 違うんですか!?

心底驚いた、という口調と表情の八戒に、悟浄は脱力する。
「八戒……おまえさ、俺のこと何だと思ってるわけ……?」
「何って…………そんな事、僕には言えません」
「……って、何でそこで瞳を逸らす……?」
「いえ、僕にも人としての良心が残ってますのではっきりとは……」
そんなものが本当に残っているのか疑問に感じた悟浄と三蔵だったが、自分の身は可愛いので口には出さなかった。

そんな三蔵と悟浄の胸中をよそに、八戒はこの上なく真剣な顔で悟浄を見た。
「どぉ─────しても聞きたい、と仰るなら言いますが」
「………………いや、やっぱイイ………………」
気にはなる。なるが、聞いてはいけないような気が、とてもする。
悟浄は自分の中の注意信号を信じ、敢えて聞かない事にした。
「そうですか? あぁ、良かった」
八戒は心底ホッとした様子で、いつもの笑顔を見せた。

何が良かったのだろう……。
そう思わないわけではない。
しかし、世の中には知らない方が良い事もある。
そう結論付けた悟浄は、自分の精神安定のためにこの事は忘れよう、と心に決めた。





日記アテレコネタのサルベージ第2弾。
約4年前のネタですが、自分が進歩してないのが丸分かりなのが切ない。

2005年5月6日UP
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