<注:これは『パラレル』に置いてある「桃源郷かぐや姫」の小ネタです>


おくりもの


「これは、一体どういう事なのでしょうか?」
にっこりと笑顔を貼り付け、そう告げたのは求婚者の一人、八戒でした。
口調と一見した表情は穏やかでありますが、その目は笑っておりません。
そんな八戒を目の前にして、こちらもにっこりと笑顔を浮かべて天蓬が答えました。
「どういう事も何も、悟空は帝の后になりました……と申し上げたんですよ?」
あっさりとそう返され、八戒のこめかみに青筋が浮かんだように見えたのは気のせいではないでしょう。

「だから、それはどういう事かと訊いているんです!
 僕はこうして貴方の仰った課題とやらを達成したのですよ!?
 課題を達成した者に、悟空を娶らせて頂けるのではなかったのですか!?」
笑顔で繕う事も忘れ、八戒は天蓬に詰め寄りました。
それも、無理のない事です。
悟空と甘々幸せウフフアハハつかまえてごらんなさ〜いな日々を過ごす未来を夢見て、八戒は名古屋なる謎の地を探し出し、更にはういろう100kgを手に入れて必死の思いで持ち帰ったのですから。
なお、どうやって持ち帰ったかは知らない方が精神安定のためには良いのは間違いありません。

そんな八戒の怒りを知ってか知らずか、いや間違いなく前者でしょうが、ともかく天蓬は笑顔のまま八戒の圧力を受け流しておりました。
むしろ、天蓬の方からも形容しがたい圧力が生じております。
隣の部屋で捲簾が大汗を流しながら唐草模様の風呂敷を広げて避難準備を始めたのは、賢明な判断と言えるでしょう。

「僕は『皆さんの甲斐性を見せて下さい』と申し上げただけであって、『持ってきたら悟空を娶らせる』なんて一言も申してはいませんよ」
「そんな…………!」
さらりと言い切った天蓬に対して八戒が言い募ろうとするも、それを遮って天蓬が言葉を継ぎました。
「それに、悟空本人が帝を愛しているのです。そして、帝も悟空を愛して下さっています。
 自分が愛し、自分を愛してくれる人の元へ嫁ぐ。これ以上の幸せがあるでしょうか。
 貴方の悟空への想いが真実であるなら、悟空の幸せを願ってやっては下さいませんか」
真剣な顔でそう告げられ、八戒は何も言えなくなってしまいました。

八戒とて、悟空の幸せを何よりも望んでいるのです。
だからこそ、自分の手で悟空を幸せにしたくて。
出来る事ならこの手で悟空を守り、そして自分の傍で笑顔でいてほしくて。
けれど、悟空の幸せが八戒の元では有り得ないというのなら。

「…………分かり、ました…………」
目を伏せると、八戒は小さく呟きました。
力なく下げられた腕と悲痛な表情に、さすがに天蓬も気の毒になってきました。
気持ちの種類は違えど、悟空を大切に思う気持ちは天蓬にも分かるのですから。
「八戒殿。こんな無茶な要求をやり遂げてしまうほど悟空を想って下さり、ありがとうございます」
天蓬は八戒に対し、スッと頭を下げました。
「貴方の気持ちは、きっと悟空も嬉しく思っている事でしょう」
そんな言葉が何の慰めにもならない事を知っていて、それでも天蓬はそう告げました。
「……ありがとうございます」
悲しそうな笑みを浮かべると、八戒もまた頭を下げ、そのままその場を後にしました。




数週間後。
帝と悟空の元へ、怪しげなものが届きました。
念のために臣下達による検分がなされた後に帝へ届けられた巨大な箱を、帝──三蔵は嫌な予感を覚えながらも開けてみました。
「…………………………何だ、これは」
箱一杯にぎっしりと隙間なく詰められたういろう100kgは、ある意味破壊力抜群でした。
三蔵が一瞬、これは何かの呪いの一種かと疑ったのも無理なき事でしょう。
そのういろうの一番上に「悟空へ」と書かれた文が置かれています。
悟空はそれを手に取り、開いてみました。
そこには、流麗な文字で数行の文章が書き綴られておりました。

『悟空へ。
 僕からの結婚祝です。遅くなってしまいましたが、どうか受け取って下さい。
 それと、もしも帝が貴方を泣かせるような事があれば、いつでも僕のところに来て下さいね。
 僕は、いつでも貴方の幸せだけを祈っています。
 八戒より。』

「八戒……!? 戻ってきてたんだ……!」
悟空の声に驚きの他に嬉しそうな響きが混じっていたのは、悟空もずっと求婚者達の安否を心配していたからなのでしょう。
ですが、経緯を知らない三蔵は知らない男の名前と文の内容、それにそんな悟空の反応は面白くありません。
本当なら今すぐその文を破り捨てたいところなのですが、そんな事をすれば悟空が怒るのは火を見るより明らかです。
悟空の怒りを気にして実行に移せない三蔵は、既に尻に敷かれているのかもしれません。

それはともかく、苛つきを抑えつつ悟空から事情を聞いた三蔵は、些か不本意ではあるもののその贈り物を悟空の手に委ねました。
悟空自身は自分が手に入れたのだから、と三蔵は自分に言い聞かせて敢えて大人な態度を取ってみたのです。
その結果、悟空の三蔵への愛が深まったのですから三蔵としては本望でしょう。

悟空の手に委ねられたういろう100kgは見る見るうちに減っていき、いつの間にかなくなってしまっていました。
それが何処に消えたのか、悟空を良く知る者ならば最早疑問に思う余地もございません。




なお、それから遅れる事ひと月。
たこ焼き100箱やら麻婆豆腐100皿やらこしひかり100kgやらコーヒー豆100kgやらが、次々と宮廷に届けられ、そこで働く人々を恐怖に慄かせたという事です。





シリアスなんだかギャグなんだか、よく分からない小ネタですみません。
パラレルで書いた「桃源郷かぐや姫」の後日談、というか。
求婚者達がその後どうなったのか、ちょっと書いてみました。八戒だけですが。
中盤だけ妙にシリアスです。片想い八戒はどう書いてもシリアスになります。
届けられた荷物は全部悟空が美味しく頂いた事と思います。
悟空に食べてもらえて、彼らも少しは報われてるといいんですが……。

2005年6月8日UP
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