昔かどうかわかりませんが、あるところに金色の髪と、深い紫暗の瞳を持つ青年が住んでいました。
青年は、見た目は大そう美しい青年でしたが、性格ははっきり言って超鬼畜といわれるにふさわしいものでした。
さて、彼は今日もいつものように窓際のテーブルに着いて、タバコをふかしながら新聞に目を通していました。
すると、どんどん。
と、戸を叩く音がします。
しばらくしてもう一度。
それでも無視を決め込んでいると、
「おーい、三蔵、居るんだろ?」
言い終わらないうちに紅い髪の男が中に入ってきました。
三蔵というのはこの部屋の主でもあるこの美麗な青年の名です。
三蔵はあからさまに嫌そうな顔をし、ずうずうしく入ってきた赤髪の男・悟浄を睨み付けています。
眼はいかにも何しにきやがったとでも言っていそうです。
それでも何も言わないのは、彼の襲来があまりにも頻繁すぎて突っ込むところもない程だからでした。
しかし悟浄は一向にひるみません。
こんなことで怯んでいたら、三蔵とラブラブになるという夢は夢のまた夢だからです。
「あらー?三蔵様ったらご機嫌斜め?せっかくいいもの持って来たってのに」
「いらん、帰れ。」
「つれないこと言うなって♪」
「・・・(怒)」
本格的に機嫌が悪くなっていく三蔵にいち早く気づいた悟浄は、銃弾が飛んで来る前にと思い、
持ってきたプレゼントを三蔵の前に転がしました。
―ごろん。
「・・・なんだこれは。」
「ん?スイカ。三蔵様見た事無いワケ?」
「んなことはみればわかる(怒)。・・・大きさだ。」
三蔵は、目の前に転がっている自分の腿くらいまでありそうな巨大スイカを顎で指して言います。
「そう言われてもなあ・・・。俺拾っただけだし?」
「何でもかんでも拾ってんじゃねえよ。貧乏性かてめえ」
「洗濯してる時に川上から流れてきたそうですよ?どんぶらこ〜どんぶらこってかんじで」
「・・・八戒・・・てめえいつから居た?」
三蔵は不機嫌なまま振り返ると、突然会話に入ってきた翠の瞳の男に瞳をむけました。
「嫌ですねえ、さっきから居ましたよ。あなた方が僕のこと無視してたんじゃないですか」
にこやかに、いかにも当たり前のように言う八戒の前に、
三蔵は『それじゃあまるで俺が悟浄しか見えてなかったみたいじゃねえか。』
という、悟浄が聞いたら(喜びのあまり)昇天してしまいそうな突っ込みを心の中だけで呟きました。
八戒がああいう微笑み方をする時は大抵逆らわないほうがいいという、三蔵のこれまでの経験を生かした選択でありました。
「ともかくそれで、まあ、三蔵へのプレゼントにしようと思ったらしいんですよ」
八戒と悟浄はわけあって三蔵家の隣にあたる家で一緒に暮らしています。
ちなみにほとんどの家事は八戒が嬉々として(?)やっているのですが、
たまに空き缶を灰皿にしたとか連絡なしに朝帰りしたとかの理由で、悟浄が家事を手伝っているのです。
いえ、手伝わされているらしいのです。
どうも今回もその口のようです。
「・・・俺、お前にそれ話してないよな、何で知ってんだよ・・・(俺こっそり洗濯物置いてすぐここに来たのに・汗)」
「嫌だなあ、日ごろの行いがいいからに決まってるじゃないですか♪」
理由になってないのですが、つっこんでみた所でどうせすぐにはぐらかされるのがわかっているのであきらめる悟浄でした。
さて、そんなこんなでスイカの巨大さなどどうでもよくなった三人はスイカを食べることになりました。
八戒が家から持ってきた、これまた巨大な周さん包丁で(周さんってのも古いな・・)スイカを真っ二つにしようとします。
ところがその瞬間。
バコッ バキバキィッ
「・・・なんだこりゃ・・・」
悟浄が言葉に詰まるのも当然でした。
なにしろ、スイカが包丁から逃れるかのように自分から真っ二つになったのですから。
中身が黄色い黄色い、美味しそうな黄色いスイカです。
でもそれだけなら割れたのは偶然で済ませられたはずでした。(?)
けれどそれだけではなかったのです。
何より3人を硬直させたのは、そのスイカの真ん中にコロンと大地色の長い髪を持った子どもが眠っていること、なのでした。
愛らしいその寝顔は、まるで穢れを知らない天使のようです。
その可愛らしい寝顔に見とれ、言葉も無い3人の前で子どもはゆっくりと目を開けます。
「・・?」
ここがどこかわからない、とでもいうかのように小首をかしげている姿は、かなり強烈です。
何がとはあえて言いません。
「お前は誰だ?」
三蔵は、子どもにそう尋ねた後で、己のその言動に対し疑問を感じました。
だって、三蔵が自分から他人の名前を興味をもって聞くことなど、今まで一度足りと無かったのですから。
「おれ?おれねえ、悟空って言うんだ。あんたは?」
悟空は、自分に話し掛けてきた三蔵に、その輝かしい金色の瞳をまっすぐに向けて言います。
二人はお互いの瞳を見つめあったまま、
三蔵は悟空の瞳を綺麗だと思い、悟空は三蔵の瞳を綺麗だと思っていました。
「・・三蔵だ」
「三蔵・・・かあ、・・・えへへ。」
気づくと、三蔵は自分でも知らぬ間にするりと自分の名を答えていました。
とても、優しい声音で。
それを聞いた悟空はうれしそうにニコニコ笑い始めました。
「なに笑ってやがる・・・」
「なんかさんぞーの髪って太陽みたいだなーって思って」
三蔵が、悟空の輝かんばかりの笑顔から瞳が離せなくなっている自分に気づくことはありませんでした。
その横では、その二人の世界に圧倒されて唖然とする悟浄と、相変わらず内の計れない笑顔を絶やさない八戒がおりましたが、
それは三蔵と悟空にとってはどうでもよいことのようでした。
その日の夜、悟空は『三蔵へプレゼントしたスイカの中味』という八戒のすてきな提案で三蔵宅に泊まっていました。
八戒がそんな提案をしたのも、悟空がやけに三蔵に懐いていたからなのですが、三蔵も意外と駄目だと言うことはありませんでした。
・・・悟浄だけは不満のありそうな顔をしていましたが、八戒の笑顔に説得されて家に戻っていったのです。
「・・・おい、何をしている・・・」
三蔵は、寝ろといって明け渡したベッドに入るどころか、自分の居るソファーの毛布にもぐりこんでくる子どもに
氷点下の空気を思わせる声で尋ねます。
三蔵にしてみれば、いきなりの場所で不安がっている(かもしれない)子どもにゆっくり休ませてやったほうがいいだろうという配慮で
自分のベッドを空けてやったのですから、彼の(態度はともかく)質問は責められるべきではないでしょう。
しかし、当の子どもは、眠そうな声で
「んー。さんぞーと一緒に寝るー。」
といった調子です。それどころか、拒もうとする三蔵の腕の中にするりと器用に入り込むと、
三蔵の言葉に耳をかしもせずに、すやすやと寝入ってしまいました。
「・・・・」
それを蹴落とすことも出来たでしょうに。
そうしないどころか、信頼しきった安らかな寝顔の小猿を眺めながら、いつしか頬をゆるめる三蔵なのでした。
そして次の日。
「悟空はどうしてスイカに入ってたんですか?」
悟空に朝ごはんを持ってやってきた八戒がやんわりと尋ねます。
もちろん子どもの喜びそうな笑顔を浮かべて。
「わかんねえ。気がついたらその中にいたんだ。でも、
何をしなきゃいけないのかはわかってる。だから行かなきゃなんだ。」
悟空はデザートのカステラをほおばりながら答えます。
「?何するんだ?」
「おにタイジ。あ、そうだ、おにの住んでるとこ知らねえ?」
悟空はにっこりと笑うと悟浄の問い掛けにあっさり答えました。
「鬼って・・・ひょっとして天竺に住んでいるという牛魔王一族のことですか?」
「てんじくってどこ?」
「あー?・・・西・・・だな。」
八戒がまさかと驚きます。
それもそのはず、牛魔王一族は、主である牛魔王が滅びて幾久しいというのに、未だに圧倒的勢力を誇る鬼の名門なのです。
しかも、こんなに小さくてかわいらしい悟空にその退治が出来るとは到底思えません。
しかし悟空はまたもやあっさり、といった風に
「じゃたぶんそれ。その中の、えーっと・・・ぎょこめんぎょうざとかいうひとを
倒さないといけないんだって。・・・美味しいかな?」
「・・・それは玉面公主のことじゃないのか?」
「あ、そんなのだった。ねえ、美味しいかな?」
「・・・腹壊すぞ、サル」
悟空は三蔵に嬉しそうに笑いかけながら、
『そっか、三蔵ってすごいな、なんでもしってるんだ〜』と、少しだけ見当違いのことを言っています。
玉面公主が今の牛魔王一族の中で権力を牛耳っていることはかなり有名な話なので、
本当は三蔵でなくとも大体予想はつきそうなものではあったのですが。
ともかく悟空はそう思ったわけです。
「・・・誰かにそうするように言われたってことなんですか?」
「かんのん・・・とかいう人だったと思う・・・そいつに言われた。悪いやつだからってゆってた」
「それはしなくてはならんことなのか?」
どう考えてもまだ小さい悟空には荷が重過ぎます。
三蔵は、なんだか悟空が傷つくのは見たくないと思うようになっていましたが、そんなことはおくびにも出しません。
「うん。だって倒さないと世界が端から腐っていっちゃうんだって。そんなの、駄目じゃん。
だってそしたら食い物まで全部腐っちゃうんだろ?腐ったもの食うとおなか壊すもんな。
だから俺、行かなきゃ。」
悟空らしい三段論法に三蔵以下3人はがっくりと肩を落としますが、
一応聞き捨てなら無い事柄なのは確かです。
しかし、だからといって悟空一人で行かせることはできません。
かといって悟空はやるといったらやる頑固な面があることも、短すぎる付き合いでもわかっています。
そうなると選択肢は一つのみ。
「しょうがねえ、俺も行ってやるよ、オニタイジ。小猿ちゃん一人じゃ淋しいだろうからなv」
「及ばずながら僕もお手伝いさせてくださいv」
「・・・フン。一人で行かせるとなにしでかすかわかったもんじゃねえからな・・・」
「・・・さんきゅな♪」
かくして四人は西域天竺に鬼退治へと出かけることになったのでした。
その後、鬼退治を終えた三蔵が悟空と一緒に暮らし始めたとか、
悟浄があきらめずに三蔵宅に出かけていってラブラブな二人を目撃してしまい、
撃沈したとかいうのはまた別のお話になるのですが。
なにはともあれ、めでたしめでたし・・・?