プレゼント大作戦!



まだ残暑厳しい中、夕日が差し込む自宅の部屋で宮田は座り込んでこめかみを押さえていた。
別に病気でも何でもなく、頭が痛い。
どうしてこう、自分の周りにいる人間は理解不能な輩が多いのだろうと思う。
目の前に横たわる物体をチラリと見ると、宮田は大きくため息をついた。







1時間ほど前のこと。

突然鳴った自宅のチャイムに、宮田は訝しげな顔をした。
父親は宮田の次の試合の相手の件で、タイに行っている。
かといって、家に訪ねてくるほど親しい友人がいるわけでもない。
またくだらない訪問販売の類だろうかと、宮田は無視を決め込んだ。

だが。

ピンポーン ピンポーン ピンポン ピンポンピポピポピポピポピポーン



……という、嫌がらせ以外の何物でもないようなチャイムの押し方をされ、宮田の顔に青筋が浮かぶ。
こんなチャイムの押し方をする人間の心当たりは、宮田には1人しか思い当たらない。
その1人だとすると、尚更出たくない。
何故なら、ドアを開けたが最後、どんなアホな事に巻き込まれるか分からないからだ。

居留守を使いたいのはやまやまだが、チャイムは鳴り止む様子がない。
どうやら、宮田が現在自宅にいるという事は確認してきているようだ。
出るまで延々と鳴らし続けると判断した宮田は、諦めにも似たため息をついた。
「タチ悪ぃ人だな、あの人は……」
木村か青木に聞かれれば「今更何言ってんだ」とでも言われそうな呟きを零し、宮田は玄関へ向かった。



警戒しながら慎重にドアを開くと、そこには宮田の予想通りの人物+α がいた。
「……何か用ですか、鷹村さん。木村さんと青木さんも」
ふんぞり返っている鷹村と、鷹村の後ろで何やら謎の物体を抱えている木村と青木を睨みつける。
木村や青木はともかく、鷹村はその表情から見て確実に何かを企んでいる。
伊達に鷹村と長く付き合っていない。それくらいは一目で分かる。
宮田の不機嫌さを分かっているのかいないのか、鷹村はいつものように豪快に笑う。
「いやな、元とはいえ可愛い後輩の誕生日だ。オレ様からプレゼントをやろうと思ってな!」
「いりません」
即答した宮田に、鷹村は動じる事なく木村達が抱えている、リボンでぐるぐる巻きにラッピングされた謎の物体を担ぎ上げて渡す。
いや、渡すというよりもむしろ押し付けたという表現の方がしっくりくるだろう。

大きさから予想していたとはいえ、その『プレゼント』の重さに宮田は落としそうになった。
その時聞こえた木村と青木の慌てたような大声に、宮田は瞬間的に落としてはいけないものなのだと悟り、膝を落として何とか身体で受け止める。
何とか落とさずに済んで息をつくと、向こうでは木村と青木もホッとしたようにしゃがみ込んでいる。
視線を上げると、鷹村が実に楽しそうな声で笑っている。
「おう、宮田。それは壊れもんだからな、大事に扱えよ?」
「そういう事は渡す前に言って下さいよ……」
「細かい事気にすんな。じゃ、確かに渡したからな」
帰ろうとする鷹村を、宮田はつい呼び止めた。
「ちょっと待って下さいよ、鷹村さん! これ、何なんですか?」
「そりゃ開けてのお楽しみだ。ま、好きに使えや」
そう言うと、鷹村は今度こそ帰っていってしまった。


釈然としないものを感じながらも、仕方なく宮田はその謎のプレゼントを抱えて自分の部屋へ向かった。
そして、ラッピングをほどいてプレゼントの中身を見た瞬間────思考が停止した。





そうして、現在に至るのである。


「あの人は……一体何考えてんだ……?」
例の『プレゼント』を見ながら、宮田は呆然としている。
それも致し方ないところだろう。
何しろ、その『プレゼント』のラッピングの中に入っていたのは。



幕之内一歩。



もちろん、ぬいぐるみや人形といったものではない。
正真正銘、幕之内一歩本人である。
目の前ですやすやと眠っている一歩に、更に頭痛が酷くなる。
一体何がどうなってこういう事態になっているのか。
そもそも、鷹村は「好きに使え」などと言っていたが、何をどう使えと言うのか……。

宮田がどうしたものかと考えていると、一歩が小さく身じろぎした。
そろそろ起きるのだろうか。
いや、それ以前にあれだけ持ち上げたり落としそうになったり騒いだりしていたのに、どうして未だに眠っていられるのか。
変な方向に宮田が感心している間に、一歩の目がゆっくりと開いていく。

自分の置かれている状況が寝惚け頭では理解できないのか、一歩は天井を見つめてボーっとしている。
宮田は、その一歩の視界を遮るように顔を見せると声をかけた。
「おい……幕之内」
「あー……宮田くんだー…………って……え!? み、宮田くん!?
宮田の姿を見て我に返ったのか、一歩は弾かれるように飛び起きた。
「え!? え!? み、宮田くんがどうしてここに!?
すっかりパニック状態の一歩とは裏腹に、表面上は落ち着き払った声で宮田は答える。
「自分の家にいちゃ悪いのかよ?」
「自分の家って……」
そう言って一歩は初めて周りを見渡し、ようやくここが宮田の部屋である事を認識したようだ。
「あ、あれ? じゃ、何でボクはここに……?」
「それはオレが訊きてえよ……」
どうやら何も状況を分かっていないらしい一歩に、宮田は今日何度目とも分からないため息をついた。




宮田がさっきまでの事を一歩に話すと、ようやく一歩も何があったか思い出したようだった。
一歩が言うには、ジムで宮田の誕生日の話になった時の事。
一歩が宮田に何かプレゼントをしたいと言い出した。
すると、それを聞いていた鷹村が「宮田への贈り物ならオレに任せろ!」と言ってきたらしい。
当然、一歩も警戒して遠慮しておこうと思ったのだが、あの鷹村に一歩の意志など関係あるはずがない。
その結果、一歩は鷹村にボディに一発入れられて拉致されてしまったらしい……。




「全くあの人は……」
鷹村の理不尽大王ぶりはいつもの事なので今更驚きはしないが、脱力してしまうのも無理ないだろう。
「ご、ごめんね、宮田くん。迷惑かけちゃって……」
シュンと下を向いて謝る一歩に、宮田は項垂れていた顔を上げる。
「別にお前が謝る事ねえだろ。鷹村さんが傍迷惑な事するのも今更だしな」
「うん……でも、ボクが宮田くんの誕生日の事とか話してたから……」
「関係ねえよ。どうせそれがなくても何か理由つけて遊びたがるんだからな、あの人は」
「ははっ、それもそうだね」
目を覚ましてから初めて笑った一歩に、宮田は少し安心する。

一歩は何でもかんでも謝ってしまうクセがある。どう考えても、一歩に非などない時ですら。
宮田の前では、それが一層顕著な気がする。
宮田に嫌われたくなくて、宮田の機嫌を損ねるような事を怖がるのだ。
そんな一歩の態度に苛つく時もあるし、ちょっとした優越感を抱く事もある。
コイツはそんなにも自分の事を好きなのだと。
そんな風に思ってしまう自分に嫌悪感を感じる事も多い。
だから、出来るだけ一歩には堂々と……は無理にしても、普通の態度でいて欲しいと思う。

ようやく落ち着いてきたらしい一歩は、その場にちょこんと座り直すと呆れたように空中を見上げる。
「本当に鷹村さんも困った人だよね。大体、ボクなんかじゃ誕生日プレゼントにもならな……」
そう言いかけて、一歩はハッとしたように宮田を見た。
「何だよ」
「ボク、宮田くんへのプレゼント、結局何も用意してないや……」
用意する前に鷹村に拉致されたのだから、それはやむを得ない事だろう。
「プレゼントなんていらねえよ。ガキじゃあるまいし」
元々宮田は誕生日などにはさほど興味はないし、第一20歳も過ぎた男がいちいちプレゼントのやり取りをするなどくだらないと思う。
だが、一歩は余程宮田にプレゼントを渡したかったらしく、すっかりしょげている。

宮田としてはこうして思わぬ形で一歩と2人で話が出来る事がプレゼントのようなものだと感じなくもないのだが、そんな事は死んでも言いたくない。
かといって、一歩がしょげている姿というのも捨てられた子犬を見ているようで、どうにも見ていられない。
宮田は困ったように頭をかくと、黙ってその場で立ち上がった。

すると、反射的に一歩もその場で腰を浮かす。
「あ、宮田くん、どこ行くの!?
「メシ」
実に端的な宮田の言葉に、一歩はどう反応していいものか迷っている。
「今日は父さんもいねえし、外で食ってくるんだよ」
「そ、そう……。じゃあ、ボク、帰るね……。ごめんね、お邪魔しちゃって……」
残念そうにゆっくりと立ち上がる一歩に、宮田は財布をポケットにしまいながら声をかける。
「何言ってんだ、お前も来るんだろ?」
「……え?」
「お前は、今日は鷹村さんからオレへの『プレゼント』だろ? だったら付き合えよ」
「ボクも……一緒に行っていいの?」
「いいから言ってんだろ。プレゼント代わりに奢れよ」
宮田がそう言って少し笑うと、一歩の表情が見る見るうちに明るくなっていく。
「うん! 任せといて!」
「言ったな。店着いてから後悔すんなよ」
「え。……いやあの、ちょっと手加減してくれると嬉しいなぁ……」
「やだね」
「そんなぁ〜……」
そんな会話を交わしながら、宮田と一歩は階段を降りていく。


玄関の扉を閉め、先に外に出ている一歩をちらりと見る。
……鷹村さんも、たまには人の役に立つ事もするんだな。
そう思いながら、宮田は玄関のドアの鍵を閉めた。










END










後書き。

宮田くん、お誕生日おめでとうv
……って事で、突発お誕生日SSを書き上げてしまいました。3時間で(笑)
愛とは偉大なものですね。
初めての一歩SSという事で、ベタなネタで行ってみました。
つか、原作の鷹村でもこれくらいやってしまいそうだと思うのですがどうでしょう!(訊くなよ)
鷹村はともかく、宮田が偽者くさくてごめんなさい。
宮×一好きなのに! 好きなのに上手く書けないこのもどかしさ……!



2003年8月27日 UP




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