確かな温もり



 ─ 後編 ─



一度、抱え上げた足に軽く口付ける。
そうして先端を後孔にあてがうと、リンナは慎重に侵入を試みる。
ゆっくりと、ベルカの内に自らを埋めていく。
「う、あっ……!」
ベルカから漏れた苦痛の声に、リンナは動きを止め、挿れかけていたモノを一旦抜く。
「殿下、大丈夫ですか!?
「大丈、夫……止めんな」
「ですが……」
「痛え、けど…………ここで止められる方が、ずっと、痛えよ……」
腕で顔を隠しながら、ベルカが呟く。
身体の痛みよりも、心の痛みの方が、ずっと辛いのだと。

「……分かりました」
ひとつ大きく息を吸うと、リンナは再び同じように自分のモノをベルカの身の内へと侵入させていく。
ベルカは必死で声を上げるのを堪えているが、相当に痛いのだろう、シーツを掴む手が震えている。
その顔には、先程までの蕩けた表情ではなく苦痛の色が浮かんでいる。
無理もないと思う。
いくら慣らしていたとはいえ、指とでは質量があまりにも違いすぎる。
しかし、今度はリンナは止めなかった。
僅かでもベルカの気を紛らわそうと、痛みで萎えかけているベルカの性器を擦り上げる。
「ふっ……あ……」
後ろの痛みと前の快楽とがない交ぜになっているのか、ベルカが浅い呼吸を繰り返しながら身を捩る。
その姿が妙に艶かしく映り、リンナの熱を高めていく。

先端部分が入れば、避妊具の表面のぬめりも手伝って多少は楽になる。
しかし、それでもベルカの中はとてもキツかった。
痛みで全身に力が入っている分締め付けも強く、挿入しているリンナ自身にも痛みが走る。
だからといって、今のベルカに「力を抜け」という要求は無茶だろうことも分かっていた。
だから、胸や性器を愛撫することで、何とかベルカの意識を痛みから逸らそうとする。
「殿下……息を止めずに……強引にでも呼吸を深くしてみてください……」
そんなリンナの声が聞こえたのか、ベルカが口を広げて大きく息を吸う。
「そうです、吸ったらゆっくりと時間をかけて吐き出してください。それを、繰り返して……」
ベルカは言われるままに、一生懸命にゆっくりとした呼吸を繰り返す。
そうしている内に少し身体の緊張が緩んだのか、中の締め付けにも若干の余裕が生まれる。

そんな風にしながら腰を進めていき、ようやくすべてをベルカの内へ収める。
中の熱さに、思わずリンナの口からも熱の篭った吐息が漏れる。
リンナは身を屈めると、ベルカの唇に軽い口付けを落とし、目尻に滲む雫を拭う。
「も、ぜんぶ、入ったの、か……?」
息を吐きながら、ベルカが動きの止まったリンナに問いかける。
「はい……。殿下、大丈夫ですか……」
「正直…………すっげー、痛えけど……なんか、嬉しいな……こういうの」
「そうですね……、私もそう思います」
そう言って微笑むと、ベルカもまた痛みを堪えて笑う。
その様が、とても愛おしかった。

挿入時のベルカの痛みが落ち着くまで、リンナは動き出したい衝動を堪えてじっと待つ。
ベルカはベルカでそんなリンナの意図を理解しているらしく、呼吸を整えようと努めているようだ。
そんな健気な姿を見せられると、逆に自制心が危うくなりそうでリンナは首を振る。
ベルカに必要以上に苦しい思いをさせたくない。
最後まで、自らを律する心を失ってはならない。

「なあ……もう、いいぞ……」
先程よりはいくらか呼吸の落ち着いたベルカが、リンナの腕をクイと引っ張る。
それに頷き、リンナはベルカの足を抱え直す。
相手が女性ならば背中に腕を回させて……となるのだが、男同士だと体勢的に少々無理がある。
ベルカには申し訳ないが、シーツなどを掴んで耐えてもらうしかない。

一旦ギリギリまで抜いて、再び奥まで貫く。
最初は出来るだけゆっくりと、ベルカに負担をかけないように。
何度か繰り返すうちに、少しずつだが滑りが良くなっていっている気がする。
まだ痛みがあるのだろう、ベルカは耐えるようにギュッと目を閉じて声を殺している。
苦痛の声を上げれば、またリンナが気を遣って動きを止めると思っているのかもしれない。
リンナとしても「好きなだけ声を上げていい」と言うわけにはいかなかった。
ベルカの部屋から呻き声などが聞こえたとなったら、使用人たちが踏み込んできかねない。

「リ、ンナ……」
ベルカが、リンナの名を呼ぶ。
「遠慮、とか……んっ……すんなっ……」
緩やかな行為に対してのことだろうか、途切れ途切れの声でベルカが訴える。
「おまえ、のっ……気持ち、いい、ように……して、くれよっ……」
「殿下……」
リンナに向けられたベルカの瞳が切なげな色を帯び、その手が求めるようにリンナの腕を掴む。

リンナはベルカの腰を掴むと、グッと一気に突き入れる。
「うあっ……!」
ベルカ自身から零れ落ちてきた液体と避妊具のぬめりで、グチュリと水音が響く。
その勢いのまま、何度も抽挿を繰り返す。
そのたびに淫猥な音が部屋に響き、リンナの聴覚から興奮を呼び起こす。

決してやりすぎにならぬように気をつけながらも、その動きは激しさを増していく。
あんなことを言われて求められ、冷静さを保っていられるほど、リンナは聖人ではない。
ベルカが欲しい。
自分だけを見つめてほしい。
まだ誰も知らないこの身体を、自分の色に染め上げてしまいたい。

本当に、欲望というものは際限を知らない。
今、リンナを受け入れてくれているベルカに、もっと、もっとと欲求が増す。
そんな自分を戒めることを忘れてはならない。
いつかその果てしない欲求が、ベルカを壊してしまわないように。

ベルカを貫きながら、リンナは片手を外しベルカの性器へと触れる。
後ろを貫かれるだけでは、ベルカとて辛いだろう。
腰を使いながら同じリズムでベルカの性器を擦り上げると、ベルカから吐息交じりの嬌声が漏れる。
少しでも気持ち良くなってほしい。
身体を繋げるこの時間を、苦痛なだけの時間にはしたくない。

「リンナ……リンナッ……!」
ギシギシとベッドが揺れる中で、ベルカが懸命にリンナの名を呼ぶ。
「殿下……ここにおります、殿下……」
乱れる息の中で答えると、ベルカが手を伸ばし、再びリンナの腕を掴む。
殆ど無意識の行為なのか、ただひたすらキツく縋るように握り締めている。
爪が食い込んで痛みが走ったが、そんなことは気にならなかった。
ベルカがリンナに向かってその手を伸ばしてくれている……重要なのは、それだけだ。

「ふあっ……あっ…………んっ……!」
貫かれ揺さぶられるたびに、ベルカの口から声が漏れる。
もう、声を殺す余裕もなくなってきているのかもしれない。
リンナもそろそろ限界が近かった。
ただでさえ、我慢に我慢を重ねてきたのだ。
初めて味わうその身体のあまりの気持ち良さに、ともすれば早々に達してしまいそうだった。

リンナは腰を激しく打ちつけ、ベルカの性器も強く擦り上げる。
「や、も……リンナッ……!」
限界を訴えるベルカの声を受けて、リンナはひときわ強く突き上げる。
と、リンナの手を白濁した液体が汚し、ほぼ同時にリンナも小さく呻き声を上げながら精を吐き出した。





ズルリと自分のものを抜き取り、ぐったりとした様子のベルカに覆いかぶさるような形でリンナは倒れこむ。
これでは疲れているベルカに体重がかかりすぎると気付いて身体を起こそうとしたが、その前にベルカの手がゆるゆるとリンナの背に回った。
「このままで、いい……」
「し、しかし……」
「俺が、いいって……言ってんだから……いいんだよ……」
まだ呼吸が整っていないせいか途切れ途切れの声がかけられる。
キュ、と弱くはあるがはっきりとした意思で抱きしめられ、リンナはそのままもう一度ベルカに覆いかぶさる。
出来るだけ、ベルカに負担がかからないように気をつけながら。

互いの心臓の音が、とても速いのが分かる。
触れ合う肌は汗でべたべたとしているはずなのに、何故かとても心地良かった。
「殿下……随分と痛い思いをさせてしまいました……。申し訳──」
言いかけたところで、ベルカの声が重なる。
「謝るなよ。元々俺が言い出したんだから、覚悟は出来てたし」
ベルカが小さく笑う気配がする。
「それに……初めて、だし、男なんだから……誰がやったって、痛いのはしょうがねーだろ。
 ……むしろ、おまえがすげー上手くて手馴れまくってるとかだったら、そっちの方がムカつくし……」
そういうものなのだろうか、と思うが、きっとそういうものなのだろう。

「でもさ……確かに痛かったけど……それだけじゃなかったぜ」
「本当、ですか?」
「ああ……何ていうかさ、めちゃくちゃ満たされてるって感じがした」
その感覚は、リンナにも分かる気がした。
誰よりも想う人とひとつに繋がる、その充足感。
「私も……まるで夢を見ているかのような気持ちです」
「夢じゃねえよ。俺はここにいるぞ?」
背中に回された腕がギュッとリンナを抱きしめ、リンナはこの上ない幸福感に包まれる。

しばらくはそのまま抱き合っていたが、いつまでもこの状態でいるわけにもいかない。
リンナは名残惜しい気持ちを振り切って、身体を起こす。
とりあえず避妊具を始末して夜着を軽く羽織る形で身に付けると寝室を出て、固く絞ったタオルを持って戻る。
先にベルカの身体を丁寧に清め、そして自分の身体も簡単に拭く。
本当は湯浴みでもしてもらえれば良いのだが、そういうわけにもいかなかった。
この階にはベルカ専用の風呂はあるが、湯船に熱い湯を満たすためには階下から運んでくる必要がある。
ひとりでは時間がかかりすぎるし、下手をすると物音で使用人や外で警護に当たっている衛兵に気付かれるかもしれない。

行為の余韻で身体が痛むらしいベルカを気遣いながら夜着を着せ、乱れたシーツを軽く整える。
ベルカをベッドに寝かせ、自らもきちんと夜着を着るとリンナはベッドサイドで跪く。
「それでは殿下……おやすみなさいませ」
そう挨拶をして立ち上がると、ベルカの手が伸びてきてリンナの手を掴んだ。
「待てよ……どこ行くんだ」
「どこ、と申されましても……自分の部屋、ですが……」
「……何でだよ」
何故と言われて、リンナは返答に詰まる。
「ここにいろよ……」
「ですが……万が一明日の朝……」
早朝にベルカの部屋からリンナが現れれば、使用人に不審に思われてしまうかもしれない。
だが、ベルカは握り締めたリンナの手を離さない。
「いつも俺の部屋に朝一番に来るのはおまえだろ。……分かんねえよ」
「殿下……」
握られた手から感じる温もりに、リンナは苦笑気味に微笑む。
この温かさに、抗えるはずがないのだ。

「分かりました。それでは、失礼致します」
言いながら、ゆっくりとベッドに上がって上掛けをめくる。
ベルカが少し身体をずらして空いたスペースに、身体を横たえた。

僅かに迷った後、リンナは自らの腕にベルカを抱き込む。
「お嫌……でしょうか」
そう尋ねてみると、ベルカの腕もまたリンナへと回される。
「嫌なわけねーだろ、このバカ」
「……はい。申し訳ありません」
リンナの胸に顔を埋めて呟くベルカに、謝罪とは裏腹に頬が緩むのを止められない。

ほんの数ヶ月前には、想像もしなかった。
こんな風に、ベルカをこの腕に抱ける日がやってくることを。
本当に夢の中にいるような気分だ。
けれど、今感じている温もりは決して夢などではなく確かなものだ。

ベルカの耳元で囁くと、ベルカがギュッとしがみつきながら俺も、と小さく呟く。
そんなベルカを、リンナも抱きしめる。



やがて、ベルカの腕が緩んでいく。
どうやら睡魔に襲われだしたようだ。
「……おやすみなさいませ、殿下」
そう囁いて、リンナはベルカの髪にそっと口付けた。




後書き。

ようやく! ようやく結ばれました!
リンベルのお初話をやっと書けて、何だか私も満たされた気分です。
しかし、最中よりも事後を書いている方が楽しかった……というか、最中難しい。
何気にラストに「髪にチュー」入れてみました。



2011年3月6日 UP




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