ゆっくりと、意識が浮上してくる。
リンナはベッドの中でもぞ、と身じろいだ。
どういうわけか、どこか身体がだるい感じがする。
それに加えてあまりに心地良い温もりに、つい、またそのまま眠りに落ちてしまいたくなる。
だが、従者の身として優雅に二度寝など決め込むわけにもいかない。
早々に起きて身支度を整え、ベルカに起床の挨拶をしに行かなければ。
そんなことを思いながら重い瞼を開くと、至近距離で飛び込んできた黒髪に心臓が飛び跳ねる。
「でっ……!」
思わず声を上げてしまいそうになり、慌ててリンナは口を閉じた。
幸い、起こしてしまうことはなかったようだ。
ほう、と息をついて、リンナは改めて目の前の存在を見た。
以前より少し伸びた黒い髪。幼く見える安心しきった寝顔。
プリムシードこそ外しているが、紛れもなくここにいるのはベルカ王子殿下だった。
そして、思い出した。……昨夜のことを。
夜更けに忍んでいったベルカの寝室。
そこで、リンナとベルカは初めて身体を繋げたのだ。
懸命に痛みに耐え、リンナを受け入れるベルカは本当に可愛らしく、誰より愛しかった。
ベルカに痛みを強いることは辛かったが、そこまでしてリンナを求めてくれるベルカが何より嬉しかった。
願わくは、痛みだけではないものをベルカが感じていてくれればいいのに、と思う。
ほんの少しでも、気持ち良さを与えることが出来ていてほしい。
腕の中のベルカを見つめる。
昨夜の、頬を染めて潤んだ瞳で見上げてきたその表情をつい重ねてしまい、思わず頬が熱くなる。
鼓動が速さを増し、ベルカを抱く腕に僅かに力が篭る。
ダメだ、とリンナはギュッと目を閉じる。
自分は朝から一体何を考えているのか。
意識的に呼吸を深くして、上昇した体温を下げようと試みた。
窓の方にチラリと視線をやると、カーテンの隙間から柔らかい光が差し込んでいるのが見える。
まだその光は弱く、どうやら寝過ごしてしまったわけではないようだ。
そのことに、ホッと息を吐く。
あまり遅くなっては、使用人たちが心配して上の階まで上がってきてしまうだろう。
いくらベルカに好意的な者たちばかりだからといって、今のこの状況を知られるのはまずい。
ベルカは、リンナにとってまさに光とも言うべき存在だ。
リンナを優しく明るく照らしてくれる、強く穏やかな光。
ベルカがホクレアから「暁」という名を賜ったという話を聞いたときは、深く納得したものだ。
闇を照らし出す、夜明けの光。
その名の通り、ベルカはこのアゼルプラードとホクレアの間にわだかまっていた昏い闇を照らした。
皆、少しずつ歩み寄り、理解をして手を取り合おうと距離を縮めていっている。
時間はかかっても、きっと互いの間にあった垣根は取り払われていくだろう。
ベルカはこの国の民すべての光なのだ。
それを独り占めするなど、許されないことだと思っていた。
どれだけ欲しくても、どれだけ手を伸ばしたくても、耐えるべきだと。
けれど、ベルカという光はリンナの腕の中へ降りてきてくれた。
リンナの願いに添うことを選んでくれた。
あのとき、リンナがどれほど嬉しかったか。
どれだけ罪深いことか理解していても、もうリンナはこの腕の中の光を手放せない。
一度手にした光を失えば、その寒さと暗さに耐え切れず冷たい塊になってしまうだろう。
それほどに、この温もりはリンナにとって失えないものになってしまった。
自分はこの先、この輝きをずっと守っていけるだろうか。
翳らせることも、弱らせることもなく。
いや、守っていかなければならない。
ベルカが笑っていてくれるように。2人でこの先ずっと寄り添って生きていくために。
そっと、静かにベルカの髪を撫でる。
こうして幸せそうな寝顔を見せてくれることが嬉しい。
愛しさが、溢れて零れそうなほどに湧き上がってくる。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。
さすがにそろそろ起きて身支度を始めねばならないだろう。
この温もりからは離れがたいが、こなすべき仕事をこなしてこそのご褒美だ。
リンナはベルカを起こさないように気をつけながら、ゆっくりとベッドから抜け出した。
未だすやすやと眠るベルカを見つめる。
ベルカとて、昨夜の行為で随分と疲れているはずだ。
もう少し、せめてリンナが自分の部屋で身支度を整えるくらいまでは寝かせておいてあげたい。
こちらの支度が済んだら、改めて起こしに来ればいい。
少々乱れていた上掛けをベルカに掛け直す。
微かに身じろいだ様子に、起こしてしまったかと一瞬ヒヤリとする。
だが、それきりでベルカは寝息を立てたままだ。
その唇に、視線が吸い寄せられる。
まるで磁石のように身体が傾き、ベッドに手を付いたところで、ハッと我に返った。
軽く首を振るが、どうしても視線を外せない。
「口付けくらいなら許可を取るな」と言ったのはベルカだ。
しかし、眠っている相手にこっそり口付けるのは少々卑怯ではないだろうか。
そんな風に考えるものの、一度生まれた欲はなかなか消えてはくれないらしい。
ベルカに口付けたいと、それだけが思考を満たす。
顔を近づけかけては離して、と何度か繰り返す。
とはいえ、いつまでも同じことを繰り返していても仕方がない。
……後で正直に話して、怒られたら力いっぱい謝ろう。
そう決めて、リンナはベッドに付いた手をギュッと握り締め、触れるだけの口付けを落とす。
妙に照れてしまう自分を誤魔化しつつ、リンナは音を立てないようにそっと寝室を出た。
リンナが部屋を出て行ってから少しして。
「うっわー……」
ベルカはベッドの上であっちにこっちにゴロゴロと転げ回っていた。
リンナが。あの、リンナが。
眠っているベルカに口付けなどしたのだ。
思わず恥ずかしさと嬉しさで転げ回りたくなっても仕方がないのではないかと思う。
「ってか、起きてるの、バレてなかっただろーな……」
意識が浮上したところに髪を撫でられて、何となく目を開けるタイミングを逸してしまった。
撫でられるのが心地良くて、それを止めさせたくなかった、というのもある。
髪に限らず、リンナの手に撫でられるのはとても気持ち良い。
リンナがベッドから抜け出した後、そのまま行ってしまうのかと少し寂しく感じた。
けれど、リンナの立場からしてそうそうゆっくり寝てもいられないことは理解していたから仕方がないと思った。
そこに、あの口付けである。
不意打ちもいいところだった。
危うく、目を開けてしまいかけたくらいには驚いた。
ベルカは寝転がったまま、指先で唇に触れる。
こんな風に少しずつでも、リンナが積極的な行動を見せてくれることが嬉しかった。
ベルカばかりが求めていかなくても、リンナから求めてくれるようになったなら。
今よりもっともっと、ベルカは満たされるだろう。
もちろん、今も十分すぎるほどに幸せではあるのだけれど。
「……いつか、おまえの方から押し倒させてやるからな」
欲望が理性を上回るくらい、夢中にさせてやる。
ベルカがそんな目標を掲げていることをリンナが知るのは、もっとずっと先のお話。
後書き。
タケミさんから頂いたリクで「ためらってためらって思い切ってキスするリンベル」のお話です。
ベルカの場合ためらう前にキスするだろうと思って、リンナからにしました。
R-18に上げてある初夜話の翌朝です。なのでまだちょっとウブい2人。
お互い照れっ照れな2人を書くのが実に楽しかったです!