王子と姫君



 ─ 終章 ─



リンナと気持ちを通じ合わせた後、その足でマリーベルの店へと向かった。
マリーベルは……喜んでくれた。
きっと、胸の中には色んな思いが溢れているだろう。
それでも、マリーベルは笑って「おめでとう」と言ってくれた。

その気持ちに、応えようと思った。
一緒に生きていくことは出来なくても、ずっとリンナとのこの想いを大事にしていこう。
リンナを好きだという気持ちに、決して嘘だけは吐かないように。





それから、1ヶ月ほど経ったある日。
ベルカは城を出て、マリーベルの店に向かっていた。
今日はマリーベルから「来てほしい」と頼まれている日だ。
マリーベルの方から日付を指定してきたのは初めてで、何かあるのだろうかと首を傾げる。

裏口から入るが、マリーベルの姿が見当たらない。
今日は休みのはずだけど……と思いつつ、店の方へと行ってみる。
店に入ると、ベルカは思わず驚きで目を瞠る。

そこにいたのは、マリーベルとアネット…………そして、リンナ。
「え……なんで、リンナと……アネットまで?」
「ベルカ、やっと来たのね。ほら、ここに座って」
腕を引っ張られ、リンナの隣に座らされる。
何が何だか分からなくて隣に座るリンナを見上げるが、リンナも何も知らないらしく戸惑っているようだ。

「じゃあ、全員揃ったから、話をするね」
向かいに座ったマリーベルが、口を開く。

「ベルカ……それに、衛士さま。お互いへの気持ちは、変わっていない?」
真剣な表情で問いかけてくるマリーベルに、自然とベルカとリンナも佇まいを正す。
「当たり前だ。変わるわけねえだろ」
「俺も、決してこの気持ちが変わることはないよ、マリーベル」
迷いなく答えると、マリーベルが嬉しそうに笑う。
「うん、そうよね。そうじゃなきゃ、困るもの」
私を袖にしてくっついたんだから、と付け加えられた言葉に、リンナが困ったように顔を赤くしている。

「だけど、ベルカはこの国の王子様。男の人と……って無理だよね」
誤魔化しもなく切り込まれ、ベルカは僅かに俯く。
「……ああ、分かってる。それでも、俺はリンナが好きなんだ」
結ばれることはなくても、この気持ちは捨てられない。

「うん……でもね、それを解決する方法が、ひとつだけあるの」
思いも寄らない言葉に、ベルカは顔を上げる。
「解決って、どういうことだ?」
「その前に、もうひとつだけ、2人に訊いておきたいの」
ベルカの問いを逸らし、マリーベルが再びベルカたちを見つめる。

「まず、ベルカ。もし、衛士さまと共に生きられる方法があるなら、王子の身分も何もかも失ってもいい?」
王子の身分。それを引き換えに、リンナと一緒にいられるというのなら。
「ああ。構わないぜ」
「平民として生きていくのは、ずっと城で育ってきたベルカからは想像以上に大変よ。それでも?」
城の中でぬくぬくと育ってきた、世間知らず。そのくらいの自覚はある。
いや、そう思っているだけで、全然分かっていないのかもしれない。
それでも。
「……それでも、俺は生きていってみせるよ。リンナと一緒なら」
迷うことなく、ベルカはマリーベルの瞳を見つめ返した。

「それじゃあ、衛士さま。衛士さまは、今の仕事も友人も、すべてを捨ててベルカと生きていけますか?」
マリーベルのその問いに、ベルカは思わずリンナを見る。
自分のために、リンナがすべてを捨てる。
ベルカ自身が身分を捨てるのは平気だが、リンナに捨てろとは言えない。
そんなことを考えながら見上げるが、リンナは全く迷いのない顔をしていた。
「ああ。殿下と共に生きられるなら、構わない」
真っ直ぐに前を見るリンナに、鼓動が跳ねた気がした。

2人の答えに満足したのか、マリーベルは優しげに微笑む。
「良かった。無理とか言ったら殴っちゃうとこだった」
マリーベルだと本当にやりそうで、ベルカの表情が若干引きつる。

「それで、マリーベル。その解決法というのは……」
リンナがそう尋ねると、マリーベルは小さく頷く。
「ベルカが衛士さまと一緒に行けないのは、この国の王子がベルカしかいないからよね?」
確かにその通りだ。
ベルカがいなくなれば、王位に就ける人間がいなくなってしまう。
「だったら、ベルカの他に王位を継げる人間がいれば、問題ないのよね」
そうすれば気兼ねなく駆け落ちできるでしょ?……と、マリーベルは続ける。

駆け落ち、という言葉に反応するどころではなかった。
ここに来て、マリーベルが言おうとしていることが分かったからだ。
「ちょっと待てよ。おまえ、まさか……」
「私が、王女に戻ればいいの。そうでしょう?」
思ったとおりの答えに、ベルカは思わず立ち上がる。

「馬鹿言うな! そんな……身代わりみたいな真似、出来るかよ!」
確かに、長いこの国の歴史の中で、女王が即位した例は何度かある。
マリーベルが城に王女として戻れば、王位継承権を得ることになる。
けれど、ベルカが城を出る代わりにマリーベルを戻らせるなんて出来るはずがない。

「身代わりなんかじゃないわ。私自身が望んだことだもの」
「だって……そんな……第一、この仕立て屋はどうするんだよ!?
義母から引き継いだ、大切な仕立て屋のはずだ。
この仕立て屋を失くしてしまうなんて、そんなこと出来るはずがない。
「仕立て屋は、アネットが守ってくれるわ」
言いながら、マリーベルがアネットの方を見る。
「アネットなら、大事に守ってくれると思うの。ベルカだって、分かるでしょう?」
「あの、私、力不足ですけど、一生懸命頑張りますから!」
ずっと黙って話を聞いていたアネットが、身を乗り出している。

「マリーベル」
リンナの声に、ベルカは振り返る。
「君は『身代わりじゃない』と言ったが、本当に、王女に戻ることを望んでいるのか?」
そう尋ねるリンナの表情は真剣そのものだ。
おそらく、リンナもベルカ同様にマリーベルを身代わりにするようなことはしたくないのだろう。

「確かに私は、『王女であること』を望んでいるわけではありません」
「それなら……」
「私が望んでいるのは、『みんなが幸せであること』です」
言いかけたリンナの声を遮るようにして、マリーベルはそう告げた。

「もし、ベルカがこのまま王子であり続け、衛士さまと一緒にいられなかったら。
 ベルカと衛士さまが幸せになれないのと同時に、私も幸せにはなれないんです」
僅かに俯いて、マリーベルは目を伏せる。
「手を取り合えない2人をずっと見続けていくなんて……辛くて、嫌なんです」
マリーベルはギュッと膝の上で両手を握り締めた。
「私の幸せと、ベルカの幸せは、切り離せないひとつのものなんです」
同じ命を分けた双子の姉弟なんですもの、とマリーベルは微笑んだ。

「だったら……」
ベルカが声を上げると、マリーベルの視線がベルカに向く。
「ちゃんと、おまえ自身の幸せも考えてるんだよな」
2人の幸せが切り離せないというなら、マリーベルの幸せもまた、ベルカが幸せでいるための絶対条件だ。
「もちろんよ。お父様とお母様にも会えるし、衛士さまよりもっと素敵な人に出会えるかもしれないじゃない」
チラッとリンナの方を見た後、マリーベルは悪戯っ子の表情で笑う。

「私ね、分かるの。お父様とお母様が私を手放したのは、私の幸せを望んでくれたからだって」
それは、ベルカもそう思う。
ベルカがマリーベルに会いに行っていることには、2人とも気付いているだろう。
それでも何も言わなかったのは、双子の姉弟として触れ合ってほしかったからではないか。
滅びの言い伝えがあっても、マリーベルを殺してしまえなかった。
平民に身分を落としても、生きていればきっと幸せになってくれると信じたからこそ、女官に我が子を託した。
父と母は、間違いなくベルカとマリーベルを愛してくれている。
「だから、私は幸せになれる。たくさん勉強して、この国も幸せにしてみせるわ」
そう言い切ったマリーベルの笑顔は、とても優しくて…………強かった。

「……分かった。リンナも、それでいいよな?」
「はい、殿下」
リンナを振り向くと、視線を合わせてハッキリと頷く。
「本当に、後悔しないよね?」
マリーベルの問いに、ベルカは迷わずに返す。
「しない。絶対に」
こんなにもベルカたちのことを考えてくれているマリーベルの気持ちに、応えるためにも。
リンナと幸せになることこそが、自分に出来る一番のマリーベルへのお返しだとそう信じた。





それからは、色々と忙しくなった。
マリーベルを最初は変装させて友人として城に入らせ、父と母に会わせた。
そうして、すべてを話した。
リンナのことも、何もかも。
何も言わずに逃げてしまうことは、出来なかった。

リンナも連れてきて、会ってもらった。
正直なところ、何を言われるか怖い気持ちはあった。
何しろ単に街娘ならまだしも、リンナは男なのだ。
自分の息子……それも一国の王子が、男を生涯の伴侶に選ぶなど、普通なら認められないだろう。

だが、国王である父が発した最初の言葉は、ベルカの予想とは全く違うものだった。
「これからの人生に、覚悟は……しているんだな?」
その問いに、ベルカは真っ直ぐに父を見返しながら答える。
「はい、父上」
「……そうか。…………オルハルディ殿」
突然声をかけられ、リンナが身体を固くする。
「はい、国王陛下!」
背筋を伸ばして緊張した面持ちで答えるリンナに、王は僅かに表情を柔らかくする。
「世間知らずの息子だが……どうか、守り、導いてやってくれ」
「バカなことをしたら叱ってやってくださいな」
王と王妃の言葉に一瞬目を瞠り、次いでリンナははい、と深く頭を下げた。





表向きにはベルカは病死扱いとなり、改めてマリーベルの存在が公表されることになった。
双子の言い伝えが国に広がっている以上、ベルカが生きているままではマリーベルを王女として迎えられないからだ。
そうして、ベルカとリンナはひっそりとこの街を出て行くことになった。
平民として暮らそうにも、城下のこの街にはベルカの顔を知る者がそれなりに存在する。
王子の顔など知るはずもない、遠くの地方へ行くことになるだろう。
マリーベルとも、滅多に会うことは出来なくなる。

「……お寂しいですか?」
目立たない小規模な乗り合い馬車が出ている隣町への道を歩きながら、リンナが尋ねてくる。
「ん……少しな。けど、大丈夫だ。……おまえがいるから」
「……はい。私もです、殿下」
微笑んだリンナに、ベルカも笑顔を返す。

「ああ、それともう『殿下』は止せよな。俺はもう王子じゃねえんだから」
「はい、殿下! ……あ、いえ、その、申し訳ございません……」
そんなリンナにクスクスと笑いつつ、少しずつ慣れていけばいい、と告げる。



そう、少しずつ。
ひとつひとつ、足跡を刻んでいこう。
自分たちを思ってくれた大切な人たちの優しさを、胸に抱きしめながら。
そうやって生きていけるなら、どんな辛いことがあっても乗り越えていける。
そっと繋いだ手の温もりを感じながら、そう思った。




後書き。

ベルカとマリーベルの双子パラレル、ようやく完結しました!
ちなみに、元ネタは@ecluciferさんのこれです。→ ツイートその1ツイートその2
「いつか書きます」と言って結局こんな時期になってしまったのですが。(話題に出たのが去年の10月)
リンベルなのでリンナはベルカを選びましたが、この先王女になったマリーベルが隣国の第二王子・オルセリート殿下と出会ったりなんかしてもいいんじゃないかなぁと思います。
そしてベルカとリンナも、地方の小さな街で慎ましやかにいちゃつきながら暮らしていくんだろうと思います。
何はともあれ、少し長いお話になりましたが、お付き合いくださりありがとうございました!



2011年7月3日 UP




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