冷たい熱



「オルセリート様、一足先に青海宮レギア・マーレにお戻りください」
そう告げると、オルセリートが振り返って怪訝な顔をする。
「おまえはどうするんだ」
「私は、もう少しベルカ王子にお話がございますので」
その言葉に、オルセリートの視線が厳しくなる。
「何を……企んでいる」
予想通りの反応に内心で苦笑しながらも、キリコは安心させるように笑う。
「多少、念を押しておくだけですよ。立太子式典を控えて、また妙な行動を起こされても困りますから」
それでも疑念が消えないらしいオルセリートに、更に言葉を付け加える。
「危害を加えたりは致しません。そこは、私も心得ております」
「……分かった。会食には間に合うように戻ってこい」
「承知致しました」
礼を取ると、オルセリートは一度キリコの背後……ベルカがいる部屋の扉を見てから塔を出て行った。

「鴉。おまえもオルセリート様と共に行き、お支度を手伝え」
「はっ……では、失礼致します」
音もなく鴉が去ると、辺りはシンとした空気だけが残る。

キリコはポケットから透明の液体が入った小瓶を出すと、小さく笑う。
リンナの身柄を拘束していることでベルカの動きは封じられたも同然ではあるが、立太子式典に際してはリンナをベルカの従者として出席させるために解放する必要があるだろう。
あれだけ脅しをかけておけば解放したからとてそうは動けないだろうが、念押しくらいはしておいた方がいい。
それに……この自分を騙してくれた礼くらいはしておきたいというのが本音だ。
もっとも、首謀者はおそらく鴉が見たあの男だろうが……。



軽くノックをして部屋に入ると、壁に凭れて座り込んでいるベルカがキリコを睨み上げてくる。
気の強いことだ、と思うが、オドオドされるよりはよほど面白い。
「……何だよ、まだ用があんのか」
不快感も露わに向けられる強い視線を、キリコは軽く受け流す。
「ええ、もう少し、お話がしたいと思いましてね」
「話だと? ふざけんな、あんだけ脅しかけといてまだ足んねえのかよ」
吐き捨てるベルカに言い返すこともせず、キリコはゆっくりとベルカに向かって歩いていく。

座るベルカの目の前に立つと、ベルカも危機感を覚えたのか、ジリ……と横に身体を移動させようとする。
その前にスッと跪き、さりげなく移動しようとした先の壁に手を付いて逃げ道を遮断する。
貼り付かんがばかりに壁に背中をくっつけたベルカの顔に浮かんでいるのは、嫌悪と強がりと……僅かな恐怖。
なかなか良い表情をするものだ、とキリコは緩く微笑む。

「どうしました、殿下。お顔の色が優れないようですが」
「こんなとこに閉じ込められて、顔色つやつやってわけにいくかよ」
弱みを見せまいと必死にキリコを睨みつける様子が、実に可愛らしいと思う。
そう、思わず追い詰めてみたくなるくらいに。

「……何なんだよ、言いたいことあるならさっさと言って出てけよ!」
「そうですね、ですがその前に……」
キリコは小瓶を取り出すと片手で器用に蓋を開け、左手でベルカの顎を固定すると薄く開いていた口に流れるような動作で中の液体を注ぎ込んだ。
反射的に吐き出そうとする前に、自らの唇でそれを塞ぐ。

「んんっ……!」
一瞬目を見開いたベルカが顔を逸らそうとするが、顎をしっかり掴んでいるため、それは叶わない。
キリコの肩や腕を掴んで引き剥がそうとはしているが、この体勢ではそれも上手くはいかない。
そうしている内にベルカが液体を嚥下したのを確認し、キリコは唇を離す。

「……っ……お、まえ……ふざけんなっ……!」
ゴシゴシと唇を拭い、乱れた呼吸を懸命に整えながら、ベルカが悪態を吐く。
「ふざけてなどおりませんよ」
「ふ、ふざけてんじゃなかったら何だってんだ! 大体……今、何飲ませやがった!」
片手で喉を押さえながら問い詰めるベルカの表情に現れているのは、大きな不安。
それは当然だろう、得体の知れないものを飲まされたのだから。
いや、もしかしたら、ベルカは今飲まされたのが『例の薬』ではないかと疑っているのかもしれない。
自分が何も考えられないお人形にされてしまうかもしれないなど、恐ろしくなって当然だ。

「何の薬かは、じきに分かりますよ」
そう言って薄く笑うと、ベルカが顔色を失くしていく。
その反応に、笑みが深くなる。

変化は、まもなく現れ始めた。
両腕で自らの身体を抱くようにして僅かに俯いたベルカの顔には、ほのかに赤みが差している。
小さくではあるがその身体は震え、吐く息には熱が篭る。
「ほら、分かってきたでしょう?」
「て、めえ……」
キリコを睨み上げるその眼にも、鋭さよりも熱さの方が色濃く映っている。

「ご安心ください。何も最後まで……と申し上げているわけではありません。
 ただ……悪戯っ子にはほんの少しお仕置きが必要でしょう」
そう言って笑うと、キリコはベルカの上着の紐をしゅるりと解き、シャツの裾から左手を滑り込ませる。
「止めろっ……! てめえ、変な趣味でもあんのかよ!」
「心外ですね。言ったでしょう、お仕置きだと」
言いながら、キリコはゆっくりとした仕草でベルカの肌の上に手を滑らせていく。

触れるか触れないかという微妙な距離感で、その肌を撫で上げる。
薬で高揚し始めた身体に少し冷たい手の感触。
それはベルカを少しずつではあるが確実に追い込んでいるらしく、押し返そうとする手にさして力はこもらずにベルカはただひたすら瞳をギュッと閉じて耐えている。
肌を上に辿っていった指先が、胸の突起に触れると、ベルカの身体がビクリと跳ねた。
「……やっ……!」
漏れた声にハッとしたように、ベルカは再び唇を固く引き結ぶ。
突起をクリクリと捏ねてやるたびに身体は反応を示すが、頑なに唇は噛んだままだ。

「なかなか良い感度をしておいでですね。薬のせいか……それとも、元々?」
「てめえ……! ……っあ!」
ベルカが口を開いたタイミングで、捏ね回していたその突起を指で押し潰す。
「我慢なさらずとも良いのですよ。この塔には今は他に誰もおりませんので、声も漏れません」
そういう問題ではないことを分かった上で、キリコはわざとらしく気遣わしげな響きで囁く。

左手はベルカの胸に滑らせたまま、キリコは右手でベルカの下衣をくつろげる。
キリコの意図が分かったのだろう、その手を止めようとするが、胸を刺激してやると動きがその都度止まる。
その隙に右手を潜り込ませると、そっとベルカのモノに触れる。
「やめろっ……!」
そんな言葉をキリコが聞くはずもなく、緩やかに指先を這わせるとベルカの身体が大きく震えた。
まだ未発達なそれの大きさにキリコはくすりと笑みを漏らす。
成長途中の少年ならば、妥当なところだろう。

ゆるゆると擦り上げてやると、その刺激にベルカが身を捩る。
手の平全体で擦ってみたり、指先で撫で上げてみたり。
急激に追い上げることはせず、焦らすように柔らかな行為を繰り返す。

キリコを押し返そうとしていた手は今はキリコの服をギュッと掴み、まるで逆に縋りついているかのようだ。
頬は紅潮し、瞳をキツく閉じて快楽の波に懸命に耐えている。
その様を見ていると、城の衛兵の誰もベルカの女装に気付かなかったのも分かる気がした。
「そうしていらっしゃると、とても可愛らしいですよ、殿下」
這わせる手を止めないまま囁くが、既にベルカは反論する余裕もなくなっているようだ。
憎まれ口が返ってこないのはつまらないが、薬で無理やり高められた身体では致し方ないところだろう。

既にベルカの性器からは先走りの液体が零れ、キリコの手を濡らしている。
湿った淫靡な水音とベルカの荒い息遣いだけが、静かな塔の部屋の中に響く。
「……なかなか気持ち良さそうですね、殿下」
甘い声音で、キリコはベルカの耳元で囁く。
すると、案の定とでも言おうか、ベルカは必死な様子で首を横に振った。
「おや、そうですか。こんな風になっているので、てっきりそうかと……」
キリコが先端を軽く引っかくと、ベルカから短い悲鳴が漏れた。
水音を強調するかのように、殊更音を立てて性器への刺激を続ける。

「しかし……まったく気持ち良くないのでは申し訳ないですね」
ベルカの胸に這わせていた手を抜き取り、薬が半分ほど残った小瓶を持ち上げる。
「私の手管ではご満足いただけないようですし…………もう少し、薬を足しましょうか」
言いながら小瓶をベルカの顔の前で揺らしてやると、途端にベルカの表情が強張った。
その顔からはもはや強がりよりも、恐怖の方が色濃く表れている。
快楽で潤んだ瞳と熱く零れる吐息に加わる、未知の領域への恐怖。
ああ、本当に良い表情をするな……と、知らずキリコの口角が上がる。

「……冗談ですよ、ご安心ください」
本当に残りの薬を全部飲ませてしまってもいいが、完全に正気を失くされてもつまらない。
正気を残したまま、自分が快楽に深く堕ちていくのを屈辱の中で思い知る。
そんな姿こそが、キリコを高揚させる。

ベルカのモノはすっかり張り詰め、キリコの手の動きに翻弄されビクビクと脈打っている。
じわじわと追い上げてきたが、そろそろ限界が近いだろう。
「殿下、イキたいですか?」
耳元で囁き、そのまま耳の後ろを舐め上げる。
ベルカはといえば、何も答えず、ただ唇を噛み締めて耐えているのみだ。
口を開いて嬌声が漏れてしまうことを恐れているのかもしれない。

「お返事をいただけませんと、私としてもどうして良いのか分からないのですが」
手を止めぬままに囁くが、それでもベルカは何も答えない。
「口にするのが恥ずかしいのでしたら、頷いてくださるだけでも結構ですよ」
小瓶を置いて空いた方の手でそっと髪を撫でながら、ゆったりとした優しい声音を注ぎ込む。
敢えて条件を緩めてやれば、堕ちる確率は高くなる。

だが、ベルカは小さく首を横に振った。
強情だな、と、キリコはベルカの性器の根元をきつく握り締める。
「うぁっ……!」
噛み締めていた唇から、苦しげな呻きが零れる。
「イキたくないとのことでしたので、ご希望通りにさせていただいただけですよ」
そう言ってもう片方の手で性器をピンと弾いてやると、キリコの服を掴んでいた手に一層力がこもる。

「ほんの一言、ご命令くだされば良いことです」
右手で根元を戒めたまま、左手で擦り上げ、その指先で先端をクリクリと弄る。
ベルカの身体は絶え間なく震え、噛み締めた唇には血が滲み、生理的な涙が頬を伝っている。
それでもなお、ベルカは首を振り、潤む目でキリコを睨みつけた。
そんなベルカを見て、キリコは僅かに表情を改める。

ベルカは果たして、ここまで自らのプライドを守り通す少年であっただろうか。
かつてのベルカならば、とうに投げやりになって「早くしろ」とでも言っていてもおかしくないように思う。
「人はいつまでも変わらずにあるものではない」と言ったのは、キリコ自身だ。
だとしても、この短期間にここまでベルカが変わるというのは驚きに値する。

そして、ベルカをこれほど変化させたのは間違いなくあの男だろう。
リンナ・ジンタルス=オルハルディ。
先程話を聞いた時のベルカの態度から見ても、相当に大事にしていることが分かる。
尋問に当たった部下の話では、リンナもベルカをとても慕っているようだ。
リンナがいるからこそ、ベルカはこんな風にギリギリまで追い詰められてもなお、自分自身の尊厳を必死で守り抜こうとしている。
ベルカを王子として尊敬し、慕う……そんなリンナの気持ちに応えるために。
それはつまり、ベルカにとってのリンナという存在がどれほど重要であるかの証明でもある。

キリコは、小さくため息をつく。
そろそろ行かなければ、会食に間に合わなくなる。
ベルカを屈服させられなかったのは残念だが、収穫がなかったわけでもない。
今日のところは、ここで引いてもいいだろう。

根元を戒めていた手を外し、強い刺激で一気に追い上げる。
「ひっ、ぁ……!」
殺しきれない声が、ベルカから漏れる。
この声を、姿を、リンナ・ジンタルスに見せてやりたいものだ。
今のベルカの姿を見たら、そして見られたら、互いにどんな反応をするだろうか。
2人を離れた場所に拘束しているのが、少し惜しい気がした。
ギリギリまで上り詰めていた快楽が頂点に達するまで、さほどの時間は必要なかった。
「やっ、め…………っ…………!」
ベルカの声にならない悲鳴と共に、キリコの手の中に白濁した液体が吐き出された。



キリコはハンカチで手を拭い、ベルカの着衣を整えた後、ゆっくりと立ち上がる。
呆然とした様子で荒い息を吐くベルカをチラリと見るが、今はキリコの姿など目に入っていないようだ。
それだけ、ショックが大きかったのかもしれない。
最後まで屈しなかったその精神力は、キリコとしてもベルカという少年を多少見直すところではあったのだが。

「では、殿下。私はこれで失礼致しますが……くれぐれも、妙な気は起こされませんよう」
聞いているのかいないのか分からないが、おそらく聞こえてはいるのだろう。
「リンナ卿まで、このような目に遭わせたくはないでしょう?」
男の名を口にした途端、ベルカの目に光が戻る。
「リンナに……リンナに何しやがった!」
まだ自由に動けない身を乗り出し、ベルカが食って掛かる。
「何もしておりませんよ。……まだ、ね」
分かりやすい反応に笑みを浮かべながら、キリコは思わせぶりに告げる。
「ただ、次に何かおかしな動きをされますと……今度こそ厳しい処罰は必要になりますね。
 尊き身分であらせられる殿下ならともかく、彼は処刑……もしくは、それでは済まないかもしれません」
それこそ、一思いに処刑された方がよほど楽に思えるくらいの。
キリコの言葉を聞いて、ベルカの顔色が蒼白になる。
これが単なる脅しではないことを理解したのだろう。

「今後は『王子として節度ある行動』を、お願い申し上げます」
この言葉が意味しているところを、ベルカも分かっているはずだ。
「それでは殿下、失礼致します」
殊更恭しい仕草で礼を取ると、キリコは部屋を後にした。



塔を出て青海宮レギア・マーレに向かおうとしたところで、一旦振り返る。
とりあえず、ベルカに重い足枷を付けることは出来ただろう。
だが、その足枷を引き摺ってでも歩き出そうとする強さが、もしもベルカにあったなら。

ほんの少しの間、塔を見上げ、キリコは踵を返す。
最後まで抵抗し続けたその心を、いつか捩じ伏せてみるのも面白い。
楽しみがひとつ増えたと思えばいい。
キリコは小さく笑うと、青海宮への道を歩き出した。




後書き。

サイト初のエロがキリベルってどうよ、と自分でも思わなくもありません。
でも、書いてて楽しかったので良し。(特にドSなキリコが)
最後まで手だけだったのはアレですよ、キリコの口はオルセリート殿下のためだk(続きは省略されました)
最初の方で「危害を加えたりはしない」とか言ってますが、きっとキリコにとってはこの程度は「危害」に入らないんだと思います。
こういうのは書くの初めてなんで、ちろっとでも御感想いただけるとゴロゴロ転がる勢いで喜びます。



2011年1月23日 UP




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