絶望の淵



荒い息遣いが、静かな暗闇の中に溶けていく。
漏れそうになる声を、唇を噛み締めることで堪える。
身体の中を灼く熱と、耳を塞ぎたくなるような水音。
それらがリンナの精神を徐々に侵していく。

何故、こんなことになってしまったのか。
もう考える余裕すら、与えてはもらえない。
ひたすら突かれ、揺さぶられる。



最初のきっかけは、雨の修道院だった。
ティーダに向かう途中にある修道院。
そこで待ち受けていたのは、鴉のロトルツだった。
怪我がまだ残りロクに動けない身では到底敵うはずもなく、易々と捕らえられてしまった。
そうして────そこで、犯された。赤と黒、2人の手によって。

最悪の屈辱だった。
敵に捕らえられ、いいようにされる。
何よりも、ベルカ以外の人間に身体を貫かれることが耐えがたかった。

それでも、そこで終わっていればまだ良かったのかもしれない。
王府に連れ戻され、以前よりも厳しい監視が付けられた。
その監視役になったのが、黒だった。

修道院前でのたった一度の交わりが、黒のリンナに対する感情を変えてしまったらしい。
以来、夜毎、黒はリンナを抱くようになった。
もちろん、抵抗はした。
だが、今の身体で出来る抵抗など、暗殺部隊として訓練された黒にはないも同然でしかない。

黒はいつも「好きだ」と囁きながら、この上なく優しくリンナを抱いた。
そのことが、リンナにとっては何よりも重い苦しみだった。
いっそ、力ずくで手酷く犯された方がまだマシだと思った。
痛みなら、耐えられる。
だが、ベルカ以外の人間から与えられる快楽が、耐えられなかった。



「……ぅ……くっ……」
枕に顔を埋め、シーツをキツく握り締める。
「オルハルディさん……我慢しないで……」
抽挿を繰り返しながら、黒が耳元で囁く。

快楽は身体中を巡り、リンナを追い詰める。
黒が達する分には好きにすればいい。中に出そうと構わない。
だが、リンナ自身が達することだけは嫌だ。
これまで何度もイかされている。今更意味はないのかもしれない。
けれど、簡単に屈してなどやりたくない。
そんな思いで、必死に耐えた。

「どうして、そんなに嫌がるんだ……?」
理由など分かりきっているはずなのに、そんな言葉が降ってくる。
グイ、と角度を変えて突き込まれ、殺しきれない声が漏れる。
「ほら、こんなに気持ち良いって言ってくれてるのに……」
身体が反応することを止められないのは事実で、けれどリンナは大きく首を横に振る。
どんなに身体を重ねても、心は決して受け入れない。受け入れられない。

「オルハルディさん……」
腰を掴まれ、激しく揺さぶられる。
何度も繰り返し貫かれたそこは貪欲に快楽を拾い上げ、我慢をするにも限界が近かった。
「俺を……受け入れてよ……」
切なげな声を注ぎ込まれても、リンナは決してそれに頷くことは出来ない。
毎晩のように繰り返される行為のたびに、分かっているはずなのに。

「好きだ……好きなんだ……」
何度も囁きながら、黒はリンナを貫く。
その行為には乱暴さはなく労りが滲み、痛みではない熱を生んでいく。
やがて、限界は訪れ…………リンナはその精を吐き出した。

弛緩した身体をベッドに投げ出し、リンナは荒い呼吸を繰り返す。
上から伸ばされた手が頬を撫でるのを、重い手を動かして振り払う。
ほんの僅かでも、拒絶の意志を示したかった。
それによって怒らせて手酷い扱いを受けたとしても、構わなかった。

だが、予想に反して黒はふわりと覆いかぶさるようにリンナの上に倒れこんだ。
「どうして……どうして、そんなに……」
俺のことが嫌いなんだ、と、どこか悲しげな声が背中を打つ。
その声音に僅かに戸惑う。が、絆されるわけにはいかない。

何とか黒を押しのけようとしたところで、不意に黒が身体を起こした。
「……ああ、そうか。あんまりにも一方的だよな……」
ようやく自分のしていることを理解したのだろうかと思ったのも束の間、黒の口からはとんでもない言葉が飛び出した。
「俺ばかりオルハルディさんを抱いてたんじゃ、オルハルディさんだって辛いよな」
「何を……」
「ごめん、俺、気付かなくて。俺……いいよ、オルハルディさんにだったら抱かれても」
違う、と口に出す前に、身体をひっくり返され、仰向けにされる。

開きかけた唇に、優しい仕草で唇が重ねられる。
リンナが呼吸が出来るように気をつけながら、しかし執拗に何度も角度を変えて口付けられる。
その間に掌は肌を辿り、ふと、脇腹の辺りで止まる。

離れた唇が、今度は脇腹へ落とされる。
水門の鉄柵で貫かれた、あの傷へと。
「ごめん、オルハルディさん……。あなたを、傷付けるつもりはなかったんだ……」
まるで猫が傷を癒そうとするかのように、ペロペロと今は塞がった傷跡を舐め続ける。
引き攣れた傷跡にざらりとした舌の感触。
身体が震え、熱い息が漏れる。

その感触に気を取られていると、突然走った刺激に身体がビクリと跳ねる。
黒の手が、リンナの性器を包み、擦り上げる。
掌全体と指先を使って、リンナを追い立てていく。
「よ、せ……やめろ……!」
制止の声にも、当然だが黒は耳を貸さない。

黒の手の中で、リンナのモノは固く張り詰めていく。
「大きいな……。やっぱり、体格の違いかな……」
手で高めながら、黒はリンナのモノを見て呟く。

それが十分な硬度を持ったのを確認すると、黒は少し身体を引く。
「ごめん、オルハルディさん、ちょっと待っててくれ……」
言うと、黒は指を唾液で塗らすと、自らの入り口を解し始めた。
今なら、と思うが、既に一度抱かれた身体は思うように動かず、足も黒が乗っているために封じられている。
懸命に抜け出そうと試みるが、僅かに身体をずらす程度にしか動けなかった。

その間に、準備を終えたらしい黒が膝立ちになってリンナに跨る。
ドクン、と鼓動が大きく跳ね、ある種恐怖と言ってもいい感情が湧き上がる。
「俺、こっちは初めてだから、上手く出来ないかもしれないけど……」
そういう問題ではないのだと言っても、おそらく黒は理解しようとはしないだろう。

身体が震える。
快楽や寒さなどのためではない、それは確かに恐怖だった。
抱かれるだけでも耐え難い苦痛だった。
それに加えて、ベルカではない誰かを抱くというのは、今のリンナにとっては拷問でしかない。



以前、ベルカと交わした会話が蘇ってくる。



『おまえは、俺を抱きたいとか思わねーのか?』
『私も男ですし、思わない、と申し上げると嘘になります。ですが、私は今こうして殿下に優しく抱いていただけるだけで十分に幸せです』
『……結構恥ずかしいこと言うよな、おまえ』
『申し訳ありません……』
『謝んなって。……でも、そうだな。俺も抱かれるのはちょっと怖いけど……覚悟が出来たら、そのときは……俺を抱けよ』
『……はい、ありがとうございます、殿下……』



結局、あの約束は未だ果たされていない。
けれど、いつかは果たしたい、約束。

その約束が果たされる前に他の誰かを抱くなど、それは何という裏切りだろう。
それだけは、嫌だ。
抱きたいのは……愛したいのは、ベルカだけだ。

黒が自らの後孔を、リンナのモノにあてがう。
「やめ、ろ……! 頼むから、やめてくれ……!」
それはもはや、懇願だった。
両手でシーツを握り締め、身を捩る。
力を振り絞って逃げようにも、腕を押さえられ叶わない。

「オルハルディさん……」
名を呼ぶと同時に、腰がゆっくりと下りてくる。
「よせ……!」
解されているとはいえ、初めてのところにはなかなか上手く入らないらしく、何度も腰を浮かせては沈ませることを繰り返している。
「オルハルディさん、俺、頑張るから……もう少し、我慢しててくれ……」
「違う! もうやめてくれ……!」
「大丈夫。痛くても、いいから……」
リンナの悲痛な声も、歪曲された形でしか黒には伝わらない。

やがて、先端を飲み込んだ黒は徐々に腰を落としていき……すべてを体内に収める。
「入ったよ……オルハルディさん」
痛みがあるのだろう、息を乱しながらも、嬉しそうに蕩けた顔で黒は微笑む。
「嫌、だ……嫌だ……」
嫌だという言葉だけを繰り返すリンナの頬を、黒の手が優しく撫でる。

黒は腰を使い、内壁でリンナを締め付け、擦り上げる。
中の熱さと締め付けに、呼吸が乱れてくる。
「……っは……なあ、オルハルディさん……気持ちいい……?」
尋ねる声に、返事は出来なかった。
下半身からうねるように昇ってくる快楽を、必死に耐える。

ぐちゅぐちゅと立てられる水音に、耳を塞いでしまいたかった。
唇を血が滲むほどに噛み締めることで、快楽から気を逸らそうとする。
いっそ早く、黒が達してくれればいい。
リンナが耐えていられるうちに。どうか、早く。

だが、その願いは叶えられることはなかった。
黒は腰を揺らして執拗にリンナを責め立て、そのたびにリンナは限界へと近づいていく。
「……やっ……よせ……いや、だ……!」
首を振りながら、リンナはうわ言のように繰り返す。

そして、とうとう……そのときはやってきた。
「……オルハルディ、さん……俺、もう……! …… 一緒、に……!」
「嫌だ、やめろっ……!」
搾り出すような悲鳴にも近い願いも、聞き届けられることはなかった。
拒絶をする心を身体は裏切り、幾度もの抽挿の後ひときわ強い締め付けに、ついにリンナは黒の中で達してしまった。

「っく、ふ……熱いな……」
リンナの精液を中で受け止めた黒は、乱れた熱い吐息を零す。
未だ繋がったまま、黒はリンナへと柔らかい口付けを落とす。

だが、もうリンナにはその口付けにも、何も感じることは出来なかった。
瞳は光を失い、絶望だけが心を満たす。
最後の心の拠り所もすべてを奪われた…………昏い絶望。

ベルカ以外の者に抱かれたばかりか、ベルカ以外の者を抱いて…………快楽に流され、達してしまった。
望んだことではなかったなど、言い訳にもならない。
「でん、か……」
縋るように、その名を呼ぶ。
だが、応えてくれる声はここには…………ない。

もう、何も考えられなかった。
心も意志もすべてを放棄してしまいたくて、リンナは瞼を閉じた。



絶望の淵から、その身を投げるかのように。




後書き。

何というかこう、救いがなくてすみません……。
この先ベルカと再会できれば、きっと殿下がリンナを救い上げてくれると思います。
最終的にはリンベル(ベルリン)ハッピーエンドに向かいます。(私の中では)

このお話は、タケミさんのサイト「ちいさなサカナ」さんの「手負いの鷹、雛鳥に襲わる」というお話及びその後の24時間耐久企画で書かれた黒リンをベースに勝手に妄想捏造しています。
あちらの黒リンのパラレルルート三次創作のような形で受け取っていただけると幸いです。



2011年5月11日 UP




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