何度目かになる訪問。
キリコが部屋に入ると、警戒感も露な視線が向けられる。
リンナの怪我はかなり快方に向かっており、既に
とはいえ、多少身体を起こすことが出来るようになった程度で、未だ立って歩くことなどは出来ない。
リンナにしてみれば、さぞ歯がゆいことだろう。
今すぐにでも、ベルカの元へと駆けつけたいだろうに。
「具合はどうだ、オルハルディ」
「……医術師殿の治療のおかげで、随分と良くなっております、閣下」
それは良かった、と笑うが、リンナの表情はこわばったままだ。
今度は何を吹き込まれるのかと警戒しているのだろう。
「オルハルディ。我々は何もベルカ殿下とおまえを害するつもりなどはない」
話しながら、ベッドへと近付いていく。
「そのつもりならとっくにそうしているし、おまえの治療もしない。そうだろう」
「私の治療は……殿下を連れ戻すためのものでしょう」
決してリンナ自身のためではないと、何よりも本人が一番理解しているらしい。
実際のところ、確かにその通りではある。
リンナを保護しているのは、ベルカを説得させるか、あるいはベルカへの交渉の切札とするためだ。
「だが、私たちはベルカ殿下に危害を加えるつもりはない。オルセリート様がそれを許さないからな」
オルセリートがベルカを大切に思っていることは、リンナも感じ取っているだろう。
「逆に、今は城の外にいる方が殿下にとっては危険だ。……大病禍という死神が鎌を振るおうとしている」
「大病禍……」
「そうだ、既にクックラント地方には発病者も出ている」
そうして、ベルカが大病禍に侵されたカミーノに向かった事実を、伝えてやる。
このままでは、ベルカまで死神の鎌にかかってしまう、と。
「おまえは、何よりもベルカ殿下を助けたいはずだ」
「……殿下がお決めになられたことなら、私が口を出すことではございません」
「随分と殊勝なことだ。……だが、それはおまえの本心か?」
その言葉に、リンナがピクリと反応を示す。
「今のおまえの答えは『従者』としては正しい。だが、おまえはただの従者でいられるのか?」
「どういう、ことでしょうか」
「おまえのベルカ殿下への想いは、忠誠心ではない。そうだろう?」
リンナは答えない。
それに構わず、キリコは言葉を続ける。
「忠誠心溢れる従者というだけなら、それでもいいだろう。だが、おまえは違う」
上掛けを掴む手に、僅かに力が篭められるのが見て取れる。
「すべてを放り出して、殿下ご自身の意志を無視してでも、危険なところから連れ戻したい。
おまえの中には、そんな感情があるはずだ。自分の腕の中だけに閉じ込めていたい、とな」
リンナは黙ったまま、キツく上掛けを握り締めている。
「主に対して抱く邪な想いを認めたくないか」
そう言葉を重ねると、リンナは一旦深く息を吸い、キリコへと視線を向ける。
「確かに……閣下の仰るとおり、私は殿下へ忠誠心だけではない特別な想いを抱いております」
すんなりと認めたことに、キリコは僅かに意外な思いでリンナを見返す。
「ですが……己の想いを殿下に伝えるつもりはございませんし、殿下の行動を止めるつもりもございません。
私は、殿下が自らの手で道を選び取り、幸せになってくださることだけが望みです」
向けられた真っ直ぐな言葉と真っ直ぐな視線に、キリコの眉が顰められる。
何か、黒い靄のようなものが心の内から湧き上がる。
バカバカしい綺麗事。
そんなものを何の迷いもなくぶつけられることが、不快で仕方がなかった。
愛しい相手の意志を尊重し、ただ信じて見守る。
なるほど、確かにそれは理想だろう。
だが、あくまで理想でしかない。
人間はそんな美しい代物ではない。
所詮、人の心の奥に溜まった汚らしい泥を見ないフリをしているだけのままごとに過ぎない。
引きずり出してやりたい。
この、醜いものなど何もないとでも言いたげなこの男の心の奥の泥を。
そうして、そんな自分に絶望させてやりたい。
訳も分からないまま、どす黒い感情が湧きあがってくる。
「欺瞞だな。おまえの本心は、殿下を自分のものにしたいのだろう」
幸せになってくれるだけでいいなどと、そんなものはごまかしだ。
「その身体を貫いて、メチャクチャに乱したいと、そう考えたことがあるはずだ」
リンナからの反論は来ない。
おそらく、それ自体は否定しきれないのだろう。
「どんな綺麗事を言っても、所詮おまえも男だ。性欲くらい人並みにあるだろう。
殿下を想って自分を慰めていたのか?」
リンナは大きく首を振り、ようやく口を開く。
「そのようなこと、するはずがありません! 殿下を汚すなど、許されません……!」
「なら、適当な女を見繕って使ったか。気持ち良くなれれば、所詮相手は誰でもいいのだろう?」
「いえ……いいえ、それは違います、閣下」
再び首を振ったリンナは、静かな声で話す。
確かに娼婦を買ったこともある、だが、金銭で割り切った仕事ならともかく、そうでなければ心の通わぬ相手と抱き合おうとは思わない……と。
「心通わぬ相手は抱けない、か。……やはり、綺麗事だな」
キリコはまだ身体の自由が利かないリンナの手首を掴む。
しゅるりと自らの胸元のアスコットタイを外し、両手首をまとめてベッドヘッドに固定する。
さすがにリンナも危険を察知したのだろう、何とか外そうともがいているがキツく縛ったそれは容易には外れない。
ただでさえ怪我が完治しておらず、大して力が入らない身体では尚更だ。
「あまり無理をするな。傷が開くぞ」
痛みに顔を歪めるリンナに、優しく笑いかけてやる。
キリコはゆっくりとした動作で、リンナの下衣をくつろげる。
「なっ……! 閣下、何を……!」
あまりにも予想外のことだったのか、まともに言葉を継げないようだ。
そんなリンナの様子には構わず、キリコはリンナのモノを取り出すと掌と指で刺激していく。
「くっ……」
リンナの呼吸には次第に熱が混じり始め、キリコの手の中でそれは徐々に質量を増していく。
耐えるようにギュッと目を閉じ、顔を背けているリンナの様子に、キリコは笑みを浮かべる。
「愛情など一時の錯覚に過ぎない。そんなものがなくても、充足は得られる」
そう囁いてやると、リンナは逸らしていた顔をこちらに向ける。
「いいえ……それこそ、一時のものです、閣下……。心の伴わぬ行為は、更なる渇きを得るだけです……」
「本当にそうか……試してやろう」
告げて、キリコは十分にそそり立ったリンナのモノから一旦手を離す。
ギッと音を立ててベッドに乗り上げると、リンナの身体にまたがるように膝立ちになる。
そうして自らの下衣を取り去ると、自身を刺激しながら、後孔に指を差し入れて中を解す。
「なに、を……」
リンナの問いには答えず、キリコは慣らしたそこを屹立したリンナのモノにあてがった。
途端、リンナが息を飲む音が聞こえる。
「閣下! おやめください!」
制止の言葉を無視し、キリコはゆっくりと身体を沈めていく。
時間をかけ、自らの中にリンナを迎え入れていった。
さすがに、キツい。
男を迎え入れるのは初めてではない。
だが、リンナのそれは体格に比例しているのか、今までに経験した中でもかなり大きかった。
随分と久しぶりだということもあって、キリコは痛みに眉を寄せる。
それでも最初はゆっくりと腰を動かしていく。
リンナ自身の先端から零れる液体で、抜き差しをするたびに水音が響く。
目を閉じることは出来ても、両手を戒められている状態では耳を塞ぐことは出来ない。
キリコは殊更水音を大きく立てるよう意識して、腰を使う。
目の前の現実から逃避することなど許さない。
聴覚から、否が応でも自分が何をされているか思い知ればいい。
キリコの動きと締め付けに翻弄されるリンナの姿は、思いの外キリコを高揚させた。
小さく喘ぎを漏らすリンナを、キリコは熱い息を吐きながら見つめる。
「気持ちいいのだろう…………たとえ、相手が憎い敵であっても」
激しい抽挿を繰り返し、キリコは笑う。
「く……、うぅ……」
リンナは懸命に耐えているようだが、限界が近いのだろう。
呼吸は熱く乱れ、達しないよう必死で歯を食いしばっている。
無駄なことを、と思うが、リンナにしてみればこんな形でイかされるなど我慢ならないのは当然だ。
それはリンナのプライドであり、ベルカへ捧げる思慕の現われとも言える。
だからこそ、それを打ち砕かれたときの絶望が見たい。
キリコは駄目押しのように囁く。
「ベルカ殿下でなくても、イケるんだろう?」
所詮はおまえもただの男なのだと、相手が誰でも快楽は得られるのだと。
激しく動き、キツく締め付ける。
そうして幾度も抽挿を繰り返し…………とうとう耐え切れず、リンナはキリコの中で精を吐き出した。
中を満たす熱さに、キリコは僅かに眉を顰める。
だが、ようやく陥落した目の前の男に満足げな笑みを浮かべた。
後始末を済ませ、リンナを見遣る。
リンナは荒い息を吐きながら、呆然と宙を見つめている。
そのどこか虚ろな眼に、キリコは薄い笑みを浮かべる。
ようやく、思い知っただろうか。
自らの言葉がどれほど上辺だけの綺麗事だったかを。
キリコは手の拘束を外し、リンナの頬を優しく撫でてやる。
だが、リンナがキリコに向けた視線は、行為の前と変わらぬ真っ直ぐな瞳だった。
「閣下……本当に…………本当に、これでご満足なさったのですか……」
滑り出したその言葉に、キリコの視線が鋭くなる。
「私には、そうは見えません」
「……何が言いたい」
「私には今も、閣下が満たされずに求め続けていらっしゃるように見えます」
瞬間、カッと頭に血が上り、思わずリンナの髪を力任せに掴む。
それでもなお、リンナの視線は揺るがない。
苛立ちのままに、そのままベッドに叩きつけるように頭を押し付ける。
「おまえは本当に私を苛々させる。もう少し、自分の立場を理解する努力をすることだ」
それだけを告げると、キリコは手を離し、リンナを見ることなく背を向けて部屋を出た。
思い知らせてやったはずだった。
心など、愛情など、そんなものは必要ないのだと。
なのに、何故、自分は敗北感に苛まれている?
何故、逃げるようにあの部屋を出てきたのか。
黒い靄の正体すらつかめず、キリコはきつく唇を噛んだ。
後書き。
初のリンキリ。キリリンではなくリンキリ。
何故そんなことになったのかといえば、ツイッターでうっかりこんなツイートをしてしまったためであり。
キリコが優位に進めているように見えて、実際は揺るぎない意志のリンナに敵わない、的なものを書きたかったんですが成功したのかどうなのか。
無理やり乗るキリコと乗っかられちゃうリンナを書くのが、実に楽しかったです。