治癒



カチャリと置いたカップから立ち上る湯気を見つめる。
確かにその熱い液体は喉を通ったはずなのに、渇きは収まらない。
それはきっと、この身体に渦巻く緊張感のせいだ。

ようやく、ベルカと再会を果たした。
エーコに叱られたり、シャムロックに労いの言葉をかけられたり、コールと対面を果たしたり。
色々と慌しくもあったが、皆リンナを心配してくれていたのが分かるのがとても嬉しかった。
そして、夜の帳が落ちた今はベルカの部屋でテーブルを挟んで向かい合っている。

再会できたからといって、喜んでばかりいられなかった。
もちろん、オルセリートのことや大病禍のこともある。
だがそれ以外にも、リンナとベルカの関係に影響を及ぼすことがありすぎた。
それらをベルカに黙ったまま、なかったことには出来なかった。

「殿下、これからお話しすることは……殿下にとってとても不快なことかもしれません」
ベルカを見つめながら、リンナは口を開く。
「ですが、私はすべてを殿下に打ち明けなければなりません」
「……ああ。言えよ。ちゃんと、聞くから」
「ありがとうございます……」
一度深く頭を下げ、リンナはポツリポツリと話し始めた。

雨の降りしきる修道院で、鴉隊の赤と黒から受けた陵辱。
その後、黒がリンナに執着を示し、何度も抱かれたこと。
そして、薬に浮かされていたとはいえ、リンナ自らの手で黒を抱いたこと。

それらすべてを、途切れ途切れに話していく。
声が、膝の上で握りしめた手が、震えていることにも気付く余裕はなかった。
顔を上げることも出来ず、ただ起こった事実を口に乗せていった。

「申し訳、ありません……。私は……」
殿下のお傍にいる資格がありません、と、続けることは出来なかった。
どんなに身勝手でも我侭でも、ベルカの傍を離れたくなかった。
そんな想いが、言葉を飲み込ませてしまった。

テーブルの向こうで、ベルカが立ち上がる気配がする。
ベルカはそのまま回り込み、リンナのすぐ前へとやってきた。
それでも顔を上げられず、その表情は見えない。
何か言わなければと口を開きかけたところで、グイと頭を引っ張られ、抱きしめられた。

「殿下……?」
「謝る必要ねーよ。おまえが悪かったことなんか、ひとつもない」
「で、ですが……」
「じゃあ訊くけど、立場が逆だったら、おまえは俺を責めるのか?」
つまり、ベルカが暴行を受け、薬を盛られて他の誰かを抱いたら。
責めるはずなどない。責められるはずがない。
「俺には分かるよ。逆の立場だったら、おまえは俺を抱きしめてくれる」
そう告げるベルカの声は、とても穏やかだった。
「おまえが好きだ。おまえが無事に俺の元へ戻ってきてくれた。他に何が要るんだよ」
ギュ、とリンナを胸に抱きしめる腕に力が篭る。

目の奥が熱く感じた。
キツく閉じて、懸命に堪えた。
「ありがとうございます、殿下……」
この方を愛して良かったと、心の底からそう思う。





ベッドの上で、どちらからともなく口付ける。
最初は軽く啄ばむようだった口付けも、次第に深く激しくなっていく。
唾液が絡み合う音が、薄暗闇の中に響く。
唇を離すと、僅かに息を乱したベルカがリンナの首に抱きついた。
「今日は……おまえが、俺を抱いてくれよ」
約束しただろ、と囁かれ、リンナもベルカの身体を抱き返す。
もちろん約束のこともあるが、陵辱を受けていたリンナの精神状態を思いやってくれたのだろう。
抱かれるよりは抱く方が、精神的負担が少ないのではないか、と。

そんなベルカの気遣いに、どこか胸の奥が暖かくなる。
「はい、殿下……」
抱きしめたまま、リンナはベルカをそっとベッドへと押し倒した。

再び口付け、唇を頬から耳の後ろ、首筋へと辿らせていく。
くつろげた首元に吸い付いては、上衣の裾から手を滑り込ませる。
「リンナ……」
どこか熱の篭ったベルカの声が、耳を打つ。





『リンナ』





ドクリと、鼓動が跳ねた。
「あ……」
カタカタと身体が震え始める。
「リンナ?」
様子がおかしいことに気付いたのか、ベルカが心配そうに覗き込んでくる。
その声に顔を上げるが、暗闇に同化した黒髪と輪郭が見えるだけで、それが別の誰かに重なる。
息を呑み、リンナは弾かれたように身体を起こした。

今、目の前にいるのはベルカだ。
間違いなくそうであると、分かっているのに。
心のどこかで何かが囁く。その影は本当にベルカ殿下なのかと。
ベルカの夢を見ているだけで、この腕に抱いているのは別の誰かなのではないかと。
違う、ここにいらっしゃるのは殿下だと、何度も言い聞かせても早鐘を打つ鼓動と震えは収まらない。

「リンナ……」
名を呼びながら触れる手に、ビクリと身体を揺らす。
その声は紛れもなくベルカのものであるのに、別の響きが重なって聞こえる。
「……ちょっと待ってろ」
そう言い置いて、ベルカはベッドを降りた。

呆れられてしまっただろうか、と、リンナは無意識にシーツを握り締める。
ベルカが身を預けてくれようとしたのに、自分はその想いを踏み躙ってしまった。
怒っただけならまだいい。傷付けてしまったかもしれないことが、何よりも辛かった。

部屋の隅が照らされるのを視界の端に捉え、リンナはそちらを向く。
見ると、ベルカが壁に据え付けられたランプに火を灯しているところだった。
そうして、室内にある幾つかのランプが光を点すころには寝室全体が柔らかい光に包まれていた。

「殿下……?」
リンナがこのような状態だから、もう今夜は止めるということだろうか。
そんな風に思いながら見ていると、ベルカが少し早足気味でベッドへと戻ってくる。
最後にベッドサイドテーブルにあるランプを点けると、ギッと音を軋ませてベッドに乗り上げた。
そのままベルカはリンナに口付け、背中に手を回してそのままリンナごと後ろへと倒れ込んだ。

ベルカを押し潰してしまわないように慌てて両手をベッドにつく。
「殿下、大丈夫ですか!?
身体を起こそうとしたが、背中に回された手がそれを阻む。

「リンナ」
至近距離で、ベルカの視線がリンナを射る。
「見えるだろ? 俺の顔」
「は、はい……」
光に照らされた中、これだけ至近距離にいれば見えないわけがない。
「これでもまだ……怖いか?」
ベルカの手が背中から外れ、ゆっくりとリンナの頬を包む。
そのまま柔らかく引き寄せられ、唇が重なった。

離れた唇から漏れる吐息が、どこか熱い。
「続き…………嫌か?」
「いえ、そのようなことは……! しかし……」
こんなにも明るい場所で肌を重ねることは初めてだった。
リンナは構わないが、ベルカが嫌ではないだろうか。
何を言わんとしているか分かったのだろう、ベルカが僅かに苦笑している。
「言っとくけど、嫌なら誘わねーよ」
バカなことを考えるなと言うかのように、ベルカはリンナの鼻先にチュ、と口付ける。

「殿下……」
どこまでもリンナを気遣い思いやってくれるベルカがあまりに愛しく、リンナはキツく抱きしめた。
今、リンナが抱きしめているのは他の誰でもない、ベルカだ。
ハッキリと、心と身体でそう感じる。

ベルカに口付けの雨を降らせながら、リンナは緩やかに行為を再開する。
唇と指で愛撫を施しながら、ベルカの夜着を脱がせていく。
明るい部屋の中に晒された少年の肢体は、以前見たときよりも引き締まり一回り成長したように思えた。
さすがに一糸纏わぬ姿を見られることに羞恥を覚えるのか、ベルカは頬を染めて顔を逸らしている。
それでも、ベルカは「見るな」とは言わなかったし、顔を覆ってしまったりすることもなかった。
間違いなくそれは、リンナのためだ。
リンナがベルカの姿を確認することで安心できるように。

そんなベルカの想いがたまらなかった。
これ以上奪われる心などないと思っていたのに、ベルカはこんなにも容易くリンナの心を浚っていく。
恋情というものは、どこまでも際限がないのだろうか。



初めて男を受け入れる身体を開くことは、思ったよりも大変だった。
どれだけ時間をかけて丹念に解しても、元々の用途とは違う箇所だ。
リンナ自身がベルカを受け入れたときの痛みを覚えているだけに、ベルカに同じ痛みを味わわせることになることが辛かった。
けれど同時に、痛みと共に繋がる喜びも感じていたことを思い、ベルカも同じ想いを感じていてくれればいいと思う。

貫き、揺さぶりながらリンナはベルカに口付ける。
時折ベルカの性器を擦り上げて、前から快楽を呼び起こそうとする。
「んっ……ふ、ぁ……!」
知らず行為が激しくなるのは、合間に漏れる声に加えて間近に見えるベルカの赤く染まった頬と潤んだ瞳のせいだ。
灯りに照らされた部屋の中くっきりと見えるベルカの表情が、リンナの熱を煽る。
ベルカは抱かれる方は初めてなのだから優しくしなくてはと思うのに、もっと乱れた表情が見たくてつい激しくしてしまう。

「リ、ンナ……、気持ち、いいかっ……?」
ベッドの上でシーツを乱しながら、ベルカが途切れ途切れに問いかける。
「はい……殿下……とても……」
そう答えると、荒い呼吸の中でベルカが嬉しそうに微笑んだ。

ギシギシとベッドを揺らしながら、リンナは夢中でベルカを何度も突き上げた。
結合部が湿った水音を響かせ、混ざり合った荒い呼吸が空気を震わせる。
浮かんだ涙が目尻から零れる様が美しく、そっと目尻に口付ける。
ひたすらに互いの名を呼び、律動の中でやがて2人とも絶頂へと上り詰めていった。





後始末を済ませ、ベルカに夜着を着せてから部屋のランプを消していく。
暗闇になった部屋の中、足元に気を付けながらベッドに向かいそっと中に潜り込む。
「暗くても……平気か?」
気遣うような、ベルカの声。
「完全に、とは申し上げられませんが、こうして眠るだけなら問題ありません」
「そうか……」
どこか、ホッとした声音が返ってくる。

「なあ、リンナ」
呼びかけに応えると、ベルカはもぞもぞと身体をリンナの方に向けている。
「また、しような。俺、明るくてもいいから」
「殿下……」
「で、何回もして慣れてきたらランプを1個ずつ消していくんだ」
ギュ、と手を回してベルカがリンナへと抱きつく。
「そしたらいつかきっと、全部消しても大丈夫なようになるんじゃねーかな……」
時間をかけて少しずつ、リンナの傷を癒していこうと…………そう考えてくれている。
リンナも身体を向きを変え、ベルカを抱きしめた。
「ありがとうございます、殿下……。私は、本当に幸せです……」
「……俺だって、幸せってことに関しては負けてねーぞ」
ほんの小さな呟きだったが、それはハッキリとリンナの耳に届いた。

ベルカと一緒にいれば消えない傷などないと、そう信じられる。
どれだけ時間がかかっても、ベルカの存在が、優しさが、リンナを癒してくれる。
そんな人に出逢えた自分は、幸福の女神にいくら感謝してもし足りないくらいだろう。



腕の中の温もりの心地良さに誘われ、リンナは緩やかに眠りに落ちていった。




後書き。

「闇の向こう側」で黒を抱いてしまったことは、きっとリンナの中でトラウマになってるだろうと思って書いたお話です。
で、殿下ならばそんなリンナのために頑張ってくれるに違いないと!
明るい中で恥ずかしいのをリンナのために耐える、そんな殿下が書きたかったんですー。
久々にいちゃラブなリンベルを書けて幸せです。



2011年10月16日 UP




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