媚薬



 ─ 後編 ─



入り口に立ったリンナは、言葉を発することもなく、ただ呆然とベルカを見ている。
そんなリンナの視線にいたたまれなくなり、ベルカは思わず目を逸らした。
そして、今の自分の姿に気付き、慌てて上掛けを掴んで露になっていた性器を隠す。

リンナの顔を見られなくて、ベルカは顔を背けたままどうすればいいのか迷う。
一体、リンナはいつからそこにいたのだろう。
ベルカが自慰に耽る様を、すべて見られていたのだろうか。
……リンナの名を呼びながら、自身を慰めている姿を。

何か、言い訳をしなければ。
男の自慰に自分を使われたのだ、当然不快に感じただろう。
ちゃんと謝って、それから────

それから?
それから、どうすればいい。
何故リンナの名を呼びながら行為に耽っていたのかを尋ねられたら、ベルカはどう答えればいいのだろう。
ベルカ自身、何故なのかなんて分からないのに。

そんなことを考えていると、リンナが我に返ったらしく、ようやく声を上げた。
「あ、あの……殿下! 申し訳ございません! その……勝手に御寝所に入ってしまい……」
振り向かなくても、リンナがめいっぱい頭を下げている様子が想像できる。
「既にお戻りのはずが、何度お呼びしてもお返事がなく……聞けば、お戻りの際の殿下の様子が少々おかしかったとのことで……その、倒れられているのではと、心配になりまして……」
薬の熱に耐えるのに必死で、呼ばれたことになどまったく気付かなかった。
「……本当に、申し訳ございませんでした」
そのリンナの謝罪を聞いても、ベルカは返事を返してやることは出来なかった。

「……殿下、失礼致します。お身体の具合が……?」
声をかけてからゆっくりと、リンナが近付いてくる気配がする。
来ないでほしい。
こんな自分を、見られたくない。
「別に、何でも……ねえ……」
そんな嘘で納得させられるわけもないことくらい、ベルカも分かっていた。

まだ、身体が熱い。
1回吐き出せば、それで収まると思っていたのに。
一体どれだけの量を盛ったのか、この場にいないキリコを問い質したい気分だった。

ベッドサイドまで来たリンナはベルカの様子に気付いたらしく、慌てている。
「殿下! どうされたのですか!」
言いながらベルカに触れようとしたリンナの手を、思わず払いのける。
「あ……申し訳ございません……。軽々しく殿下の御身に触れようとするなど……」
「違う……」
「殿下?」
ベルカは唇を噛み締めると、ゆっくりと身体を起こした。

ちゃんと、話をしなければ。
薬による中の熱も、吐き出す前よりは多少マシにはなっている。
大きく息を吐いて熱さをやり過ごしながら、ベルカは口を開いた。

「……さっきの、見てたのか?」
それが何を指しているのかは、考えるまでもないだろう。
「……はい。申し訳ございません……」
「俺が……最中に誰の名前を呼んでたのかも?」
「…………はい」
そのリンナの答えを聞いて、やっぱり、とベルカは俯く。

「どうしてか……訊かないのか?」
「訊きたい、という気持ちは……ございます。ですが、殿下がお話しづらいことならば……」
ああ、リンナらしいな、と思う。
訊きたくても、ベルカを傷付けたくなくて訊けない優しいリンナ。
けれど、だからこそ、話さなければならないとも思う。

「薬を……盛られた」
そう告げた瞬間に、リンナの顔色が変わる。
「薬……!? キリコ卿にですか!?
「ああ……。けど、例のお人形にする薬じゃなくて……」
それを聞いて多少安堵した様子だったが、薬を盛られた事実自体は変わらない以上、表情は硬いままだ。
「媚薬……飲まされたみたいだ」
「媚薬!? 何故、そんな……」
ベルカはあの時キリコと話した内容を、かいつまんで話す。

「……けど、手は出さなかった。大丈夫だ……」
「そう、ですか……」
とりあえず最悪の事態にはならずに済んだことに、リンナが息をついている。

「それで……」
一旦、言葉を切る。
ここから先は言いにくいが、それでも言わなければならない。
「それで、戻ってきたんだけど、もう我慢できなくて……」
さすがにリンナの顔を見ながら話すことは出来なくて、俯きがちになる。
「そんとき、何でだか……おまえ、の、顔が……浮かんできて……」
今、リンナがどんな表情をしているのかを思うと、怖い。
「おまえ以外、浮かばなくて…………おまえで、シた…………。気持ち、悪いよな、ごめん……」
そこまで話して、ベルカは口を閉じた。

「殿下……」
呼ばれ、ビクリと身体を揺らす。
「気持ち悪いなどと……そのようなこと、思うはずがありません」
その言葉に、ベルカは思わず顔を上げる。
「何でだよ! 男のオカズにされたんだぞ!? 気持ち悪いだろ!?
だが、リンナは困ったように微笑んでいる。
「一般的にはそうかもしれません。ですが……困ったことに、殿下が私を思って……と考えると、むしろ嬉しいとさえ思ってしまうのです」
「……嬉しい? 何でだ?」
「何故でしょうか……私にも、まだよく分かっていないのです」
あなた様がそうであるように、と付け加えてリンナは笑った。

そのリンナの笑顔を見て、ベルカは一気に力が抜けたようにへにゃりとうなだれる。
良かった。
リンナに嫌悪されずに済んだことに、心の底から安堵する。
あんな自分を見た後でも、リンナは笑いかけてくれる。
そのことが嬉しくて、泣きたい気持ちにすらなった。

それまで気を張っていたのが急に緩んだせいか、途端にまだ残る薬の効果がじわじわと身体に染みていく。
ダメだ、とベルカは何とか抑えようとする。
せっかくリンナが笑ってくれたのだ。
これ以上、みっともない姿を見せたくない。

ベルカの様子がおかしいことに気付いたらしいリンナが、覗き込んでくる。
「殿下、どうされました? まさか、まだ薬が……!?
「だ、大丈夫だ……さっきよりは、マシだから……後は、我慢してれば……」
「ですが……」
「大丈夫……心配、すんな……」
顔を上げて、精一杯笑ってみせる。

しばらくその場で迷うように立っていたリンナだが、グッと拳を握ると声をかけてからベッドにゆっくりと上がった。
「リンナ?」
「殿下……もし、殿下が本当に私を思ってその気になってくださるならば……この身体を、どうかお使いください」
「な……! お、おまえ、何言ってんだ!?
あまりに予想外の言葉に、ベルカは目を瞠る。

「いつ薬の効果が切れるか分からない以上、耐えるのはあまりにお辛いことです」
「それは……そう、だけど……」
「女性のようにはいきませんが、男でも行為は可能です。誰かを抱けば、きっと熱も収まるでしょう」
だからリンナを抱けと、そう言うのだろうか。
「それともやはり…………男である私などでは、ダメでしょうか」
「そんなことねえ!」
思わず叫んでしまい、ベルカはハッと口を閉じる。

リンナでその気になれないというのならば、最初からリンナで自慰などしない。
けれど、だからといってこの場でリンナを抱いていいのか。
こんな、薬に苛まれ、まるで性欲処理のような形で。

「殿下……失礼します」
声に顔を上げるや否や、リンナに抱き寄せられる。
「どうか……どうか、殿下……」
リンナの温もりが、衣服越しに伝わってくる。
先程の令嬢のように柔らかくもないその身体は、ベルカの内の熱をあの時以上に煽り立てた。

「リンナ……!」
体重をかける形でリンナをベッドに押し倒し、そのまま口付ける。
口付けなど初めてだったが、夢中でリンナの唇を味わう。
本で得た知識を動員して、リンナの口内を舐め上げ、舌を絡ませる。
角度を変えて、何度も貪るように口付けた。

僅かに唇を離したとき、リンナから小さな甘い声が漏れた。
その声にハッと我に返り、ベルカは動きを止める。
急いで身体を起こし、リンナの上から離れた。
突然解放されたリンナは戸惑いながら、同様に身体を起こす。
「殿下……?」
ベルカは両手でシーツを握り締め、首を振る。
「ダメだ……やっぱり、こんなの、ダメだ……!」
自分に言い聞かせるように、繰り返す。
「こんな、こんな形で……おまえを抱くなんて……ダメ、だ……。こんな、薬なんかのせい、で……」
同意があるのだから、強姦ではない。
しかし、媚薬の効果に浮かされて抱いて、果たして後悔しないだろうか。

きっと、後悔する。
こんななし崩しのような形で、抱いてしまったことを。
いつかリンナを抱くならば、それは互いの想いを確かめ合い、幸せな行為にしたい。
子供じみた夢かもしれない。
けれど、初めて誰かを抱く時は、愛し愛されて、優しい時間の中で抱き合いたかった。

「殿下……」
「ごめん、リンナ……。せっかく、決心してくれたのに……」
「いえ……とんでもございません。殿下のお気持ちも考えず、私が軽率でした。お許しください……」
リンナが姿勢を正し、スッと頭を下げる。

顔を上げ、リンナはひとつ大きく息を吸ってベルカを見据える。
「もし、お許しいただけるなら……ひとつだけ、願いを聞いてはいただけないでしょうか」
リンナからそんなことを言ってくることなど初めてで、ベルカは内心驚きを隠せなかった。
しかし同時に、リンナから何か願い事をされるということが嬉しかった。
いつも控えめで自分を主張することのないリンナが、願いを聞いてくれと口にしたのだ。
こんな状況ではあるが、そのことはベルカの心に確かに喜びを与えた。

「あ、ああ、いいぞ、何でも言えよ」
もっとも、今の身体の状態では大した願いは聞いてやれないかもしれないけれど。
リンナは僅かに逡巡する素振りを見せた後、思いもよらないことを言い出した。
「では…………今ここで、殿下にご奉仕をさせていただきたく存じます」
一瞬意味が分からずに、ポカンと間の抜けた表情になる。
そして、意味を理解した次の瞬間、顔が真っ赤に染まった。
「ご、ご奉仕って、お、おまえ……!」
「私は殿下がお辛そうなのを黙って見続けることに耐えられません。ですからせめて、お手伝いをする許可をいただけませんでしょうか」
お願い致します、とリンナは再び頭を下げる。

「……無理、してないか?」
そう尋ねてみるが、リンナは即座に首を振る。
「いいえ。私自身の願いです」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、ベルカは思わず頷いてしまった。

「ありがとうございます!」
パッと表情を明るくすると、リンナはベッドから下りる。
そうして、ベッドサイドで跪いた。
そんなリンナを見て覚悟を決め、ベルカはゆっくりとベッドから足を下ろし腰掛ける。

リンナはそっとベルカの下肢を覆う上掛けを外すと、ゆっくりとした所作でベルカのモノに触れる。
「私もこういったことをするのは初めてなので、上手く出来るか自信はありませんが……」
そう呟いて、静かな仕草で唇を寄せ、口付けた。
触れる少しかさついた感触に、ベルカはビクリと身体を揺らす。
舌で舐められると、薬の効果の残った身体は容易く反応し、その形を変えてゆく。

口に含まれ、舌を絡められる。
その刺激に、リンナの髪に絡めた手に力が篭る。
無意識に押し付けるような形になるが、リンナはまったく気にする様子はなく、一心に奉仕を続けている。

快楽に耐えるように閉じていた目を薄く開いて、リンナを見下ろす。
普段ストイックなイメージのあるリンナが性器を咥えている様に、ベルカの喉がコクリと鳴る。
何か得体の知れない情動が、身体の内からこみ上げてくる。
欲情と呼んでも違和感のないそれは、本来ならば男が男に覚えるべきものではない。
それが分かっていても、どうしようもなく抑え切れなかった。

リンナが欲しい、と思う。
出来ることならば、先程もベッドに押し倒してそのまますべて奪いたかった。
それが全部薬のせいだと思われたくなくて、必死で自分を止めた。
あの時リンナを求めたのは、きっと薬のせいだけじゃない。

性器を吸われ、思わず声が漏れる。
そっと口から性器を引き抜いたリンナが、ベルカを見上げる。
「殿下……少しは、気持ち良く感じていただけているでしょうか……」
不安そうな様子で見上げるリンナの額に、軽く口付けを落としてやる。
「顔見て分かれ、バカ野郎……」
そう言ってやると、リンナは一瞬パチクリと目を瞬かせ、次いで嬉しそうに微笑んだ。

今度は口には含まず、張り詰めている性器を手で擦り上げては舌を絡ませてピチャピチャと舐める。
根元に口付けてそのまま食むように上へと辿っていく。
「おまえ……そう、いうの……どこで覚えてきてんだ……?」
荒くなる呼吸の中でそう呟くと、リンナが一旦動きを止める。
「どこで……というわけでもないのですが……私も男ですので、どうすれば気持ち良さそうかと考えながら……」
ああなるほど、と場違いな感心をする。
自分がされたら気持ち良いのではないかと思うことを、しているのか。
なら、今のリンナのやり方を覚えておけば、いつかリンナを抱くときに役立つだろうか。
「わかった……続けろよ……」
そう言ってリンナの髪を撫でると、リンナは少しくすぐったそうに笑いながら再びベルカのモノに唇を寄せる。

リンナの手探り状態での奉仕も、ベルカにとっては最高の快楽を与えるものだった。
いつの間にか再び性器を口に含んでいたリンナが、ベルカを悦ばせようと懸命に唇と舌を使って追い上げていく。
「リンナ……もう、いい……!」
このままでは、リンナの口に放ってしまう。
射精感を堪えながら、ベルカはリンナの顔を離そうとする。
半ば強引に引き剥がそうとしたところで、リンナの歯がベルカの性器を軽く引っかく形になり、その刺激に耐え切れずにベルカは精を放った。

「はぁ……は……」
荒く息をつき、全身を走る快楽に身を震わせたところで、我に返る。
慌ててリンナに視線を向けると、ベルカの吐き出した精液を受けて呆けているリンナがいた。
煉瓦色の髪から顔にかけてドロリとした白い液体が流れている姿は妙に淫靡で、一瞬目を奪われる。
そんな自分に首を振り、自らの着衣を簡単に整えると急いで何か拭けるものはないかと見回す。

適当なものが見当たらず、仕方なくベッドのシーツを引っ張り出す。
そうしてリンナの前に膝を着き、その顔を拭き始めた。
「リンナ、ごめん! こんな…………本当、ごめんな……」
まさか顔にかけてしまうことになるなんて。
決して故意ではないのだが、だからといって開き直れるものでもない。

「あ、いえ、殿下、そのようなことをされては御手が汚れます。自分で拭けますので……」
そう言ってベルカの手を止めようとしたリンナだったが、ベルカは首を振って髪の一筋まで丁寧に拭いていく。
「殿下……どうか、お気になさらないでください……。私にとっては、その……」
そこで一旦止めて、リンナは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「私にとっては、どんなものでも、殿下のものでしたらすべて喜びですので……」
仄かに頬を染めてそんなことを言うリンナに、ベルカまで顔が熱くなる。

「おまえ……結構恥ずかしいこと言うな……」
「は……その、申し訳ございません……」
2人で顔を赤くしている様子は、傍から見ると滑稽に映るかもしれない。
それでも、ベルカは今確かに何かが心を満たすような、そんな気持ちだった。

シーツを傍らに置き、ベルカは息をつく。
「これで殆ど拭けたと思うけど……後で、湯浴みでもしてくれよ」
「はい、ありがとうございます、殿下」
そう言って笑うリンナに、ベルカも微笑みを返す。

「あの……殿下」
「ん?」
「お身体の方は……もう、大丈夫なのでしょうか」
それが薬のことを指していることは、すぐに分かった。
改めて自分の身体に意識を向けてみるが、あのどうしようもない熱はもう感じられなかった。
「ああ、もう平気だ。……ありがとな、リンナ」
そう言うと、リンナが安堵のため息をつく。
「いえ! 私などでお役に立てたのでしたら幸いです!」
こんな時でさえシャンと正座をして背筋を伸ばすリンナの生真面目さに、ベルカは笑いを漏らす。

ふと思いつき、ベルカは両手をリンナに伸ばす。
リンナの顔をそっと包むと、軽く触れるだけの口付けをする。
唇を離すと、リンナが動揺も露にベルカを見返していた。



「最後までするのは…………また、今度な」



ニッと笑ってそう囁くと、リンナがその顔を耳まで真っ赤に染め上げた。




後書き。

初ベルリン! 何故か前後編になりました。
リンナの「この身体を、どうかお使いください」が書きたくて取り掛かったと言っても過言ではない一品。
とはいえ、それ以外のものも含めて、色々書きたいものを詰め込んだので満足です。
ベルリンならこんな馴れ初めもありじゃないかなと思って書きました!



2011年4月10日 UP




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