王様ゲーム



ミュスカと合流して、また俺達は王府へと向かっていた。
とにかく1日でも早く城に戻って、オルセリートのことを確かめたい。
けど、どれだけ急いだって1日に進める距離はほぼ決まってる。
エーコやリンナから焦らないように言われてるし、もちろん俺だってそれは分かってる。

けどな。

「だからって、おまえらちょっと満喫しすぎだろ……」

楽しそうに宴会に興じるエーコやおっさん。
見たこともない料理に目を輝かせて夢中のミュスカ。
……まともなのは、リンナだけかよ。

いやまあ、俺だって料理は満喫したさ。
すげー美味かったし。
けど、こいつらはちょっとはしゃぎすぎじゃないのか……。
ミュスカと合流したばかりの昨夜だって、思い切り酒かっくらってただろ……。

「殿下、お疲れのようでしたら、寝室の方で休まれますか?」
リンナが気遣わしげに俺の方を覗き込んでくる。
相変わらず、心配性だな。
確かにちょっと疲れてるけど、ここで頷いたらもっと心配するんだろうな。
「いや、別に疲れてるわけじゃねーし。……呆れてるだけだ」
チラリとエーコ達の方を見ると、リンナも少し困ったように笑った。
「まあ……しかし、深刻になりすぎるより良いかと思いますが」
そりゃまあそうかもしれねえけど。
リンナは優しいよな。何でも良い方に解釈してくれるし。

そんな風にリンナと話してると、突然エーコが立ち上がった。
「ねえねえ、王様ゲームしよう!」
……唐突に何言い出すんだ、コイツは。
いや、それ以前に『王様ゲーム』って何だよ。

「王様ゲームっていうのはねえ……」
いきなり説明しだしやがった。
待てよ、俺、声に出してねえぞ。

エーコは説明し終わると、いそいそとクジを取り出した。
いつの間に用意してたんだとツッコみたい気分だったけど、どうせ無駄だろう……。
おっさんは酒も入ってすっかり乗り気だし、ミュスカも「たまには庶民の遊びも良いわね!」とか言ってやがる。
「庶民の遊び」が「王様ゲーム」っつーのも、なんか皮肉だな。
どっちにしても、この雰囲気じゃあ付き合うしかなさそうだ……。



それからしばらく、王様ゲームに付き合わされるハメになった。
まあ……それなりに、楽しかったかもしれない。
バカな命令とか出たりして、真面目なリンナなんかは真面目にこなすもんだから余計に大変だったみたいだ。

そんな風にバカ騒ぎの中で、エーコがまた王様を引き当てた。
こいつ、よく王様引くな。どれだけ引き強いんだよ。

「ん〜、それじゃあね〜…………うん! 2番が4番のほっぺにチューすること!」
!?
焦って自分の手札を見る。
……良かった、3番だった。
あぶねえ……万一おっさんとかにするとかされるとかなったら嫌すぎる。

じゃあ誰なんだろうと見回すと、隣でリンナが硬直してた。
あ、コイツ、当てたな。
どっちだ? する方か、される方か。
リンナの手元を覗き込んでみると、そこには「2」と書かれた札があった。

……する方か。
じゃあ、4番は……。

「ちょっとまちなさい! 『チュー』って『くちづけ』のことでしょう! ミュスカしってるのよ!」
赤くなって声を上げたミュスカを見て分かった。
ああ、ミュスカが4番か。

「まあまあ、姫様。ほっぺですから。それに、一応ちゃんとしたルールですし」
エーコがミュスカを説得しにかかってる。
……丸め込まれるのも時間の問題だな……。

なんて考えてるうちに、説得されてしまったらしい。早いな、オイ。
で、リンナの方は……。
「い、いえ、しかし、わ、私のような者が姫様に……」
オロオロとうろたえてる。そりゃそうだろうな。
「『るーる』なんだからしかたないわ! とくべつにゆるしてあげる! こうえいにおもいなさい!」
あー、こうなったらもうリンナも断れないな。

「ってわけだから、さあ! オルハルディ! 男らしく!」
すげー楽しそうだな、エーコ……。何だ、その輝きまくった笑顔。

しばらく困った顔でオロオロしてたリンナだけど、キスするまでは終わらないと悟ったらしい。
何故かチラリと俺の方を見たんで、頑張れよの意味を含めてヒラヒラと手を振ってみた。
……なんで、そんな寂しそうな顔するんだよ。
なんか俺が悪いことしたみたいじゃねーか。

覚悟を決めたのか、リンナがミュスカの傍に跪く。
「失礼します」と一度頭を下げて、軽くチュッとミュスカの頬に口付けた。



……。



…………。



あれ、何だこれ。
これって、普通にほのぼのと和むトコだよな。
なんで俺、こんなムッとしてんだ。
わけわかんねえ。





宴会も終わって、ようやく寝室のベッドに倒れこんだ。
あー疲れた。
おまけに、なんかムカムカする。
食いすぎたかな。

控えめなノックの音が聞こえた。
「あの……殿下、よろしいでしょうか?」
リンナの声だ。
「いいぜ、入れよ」
起き上がりながら答えると、「失礼します」と告げてリンナが入ってきた。

「あの、殿下……先程は、申し訳ありませんでした」
「何がだ?」
「いえ、その……私ごときが、大切な妹姫さまにあのような……」
ああ、あのことか。
思い出すと、またちょっとムカついてきた。
けど、そんなのは態度に出さずに答える。……出てないよな?
「なんでおまえが謝るんだよ。ゲームなんだから、仕方ないだろ」
「ですが……あれから、殿下が怒っていらっしゃるようでしたので……」
怒ってる……ってほどでもないと思うけど。
「ゲームとはいえ、ミュスカ内親王殿下に対してあのようなことをしたことをご不快に思ってらっしゃるのでは、と……」
そこまで聞いて、なんとなく納得してしまった。

ああ、そうか。
だから俺、ムッとしたんだな。
そうだよな、いくら生意気っつったって、ミュスカは俺の妹だしな。
頬とはいえチューとかされたら、ムカつくよな。
何だ、そういうことかよ。

ひとり頷いてると、リンナが困ったように声をかけてきた。
「あの、殿下……?」
「ああ、いいよ、別に。気にすんなって」
リンナだから、許してやるよ。
エーコやおっさんだったら許さな…………あれ?
変だな、エーコやおっさんがミュスカの頬にチューするの想像しても、別にムカつかねえし。
……俺の想像力の問題かな。実際してるの見たらムカつくんだろ、たぶん。

リンナを見ると、まだ申し訳なさそうな顔をしてる。
本当にコイツは心配性だな。むしろ苦労性か?
どう言ってやったら安心するんだろう。

……あ、ちょっと面白いこと思いついた。

「なあ、リンナ」
「はい!」
「確かにさ、あの時はちょっとムッときたんだよな」
「は、はい……」
途端に元気をなくすリンナに、悪いけど少し笑ってしまった。
本当に分かりやすいな。

「だからさ、ちょっとここ座れよ」
腰掛けていたベッドから立ち上がって、代わりにリンナに座るよう指差した。
「は、しかし、殿下の寝台に私などが……」
「いいから! 座れって」
半ば強引に手を引いて座らせてやった。
リンナが自分で座るの待ってたら、朝が来ちまうよ。

リンナが不安そうな顔でこっちを見てる。
なんか、こういう顔見るとちょっと虐めたくなるな。
……いや、俺は別に変な趣味はないぞ。

「いつまでも引きずるのも何だし。これで許してやるよ」
そう言って、俺は右手で拳を作って胸の前で左の手の平を叩く。
「……はい! 分かりました!」
そう答えて、リンナはギュッと目を閉じた。

……おまえ、殴られると思ってるだろ?
でも、そんな予想通りのことはしてやらねー。
そんなんじゃ、つまんないだろ。



これは、仕返しだ。
あんなので俺をイライラさせた罰だ。

俺は気付かれないようにゆっくりとリンナに顔を近づけて、その頬に軽く唇を押し付けた。



顔を離すと、呆然と目を見開いたリンナが見えた。
おまえ、目玉こぼれそうだぞ。

「で、で、で、で、殿下っ……!?
……ちょっとどもりすぎだろ。
「ミュスカにやったことの仕返しだ。これでおあいこってことでいいだろ」
悪戯っぽく笑ってやる。
リンナをびっくりさせられたし、これでもうリンナもあのこと気にしないだろうしな。

……って、何でそんな真っ赤になって照れまくってんだよ。
ここは、男にチューされてヘコむべきところだろ。
じゃなかったら、仕返しにならないじゃねーか。

つーか、そこまで照れられると、こっちまで恥ずかしくなってくるだろ!
やべえ、なんかつられて俺まで顔熱くなってきた。
おまえのせいだぞ、おまえの。

大体、頬にチューごときで、何でそこまで照れるんだよ。
おまえ、娼館で『マリーベル』買おうとしてただろ。
本物の女と、もっとすげーことイロイロやってるくせに。

……何だ? なんか痛いな。
胸の辺りが妙にチクチクする。
ケガはもう完全に治ったと思ってたんだけどな。
まだどっか、ケガ残ってんのかな……。

「あ、あの、殿下……」
「あーもう! 言っただろ! これでおあいこだ! さっきのことはこれで終わり!」
何かを言いかけたリンナを遮って、無理やり話を終わらせる。
これ以上長引かせたら、とてつもなく厄介なことになりそうな気がする。

「ほら、もう部屋に戻って寝ろよ。明日も早いんだからな!」
「は……はい、お休みなさいませ……」
まだ何か言いたそうだったけど、追い出すような形でリンナを部屋から出て行かせた。
このままだと、なんか妙な方向に考えが行ってしまいそうだったから。



ボスン、と音を立てて、俺はベッドに転がった。
さっきまでリンナが座ってた辺りのシーツを、ギュッと掴む。
別に、リンナが出て行ったこの部屋が寂しいなんて思わない。
思うわけねえよ。そんなの。
「あーもう、わけわかんねえ……」
リンナのことも、俺自身のことも。

もう、寝ちまおう。
きっと、明日の朝になったら全部なくなってる。
何が何だか分からない心の中のモヤモヤも、まだ少しこの唇に残る感触も。

そう無理やり自分を納得させて、俺はシーツを掴んだまま目を閉じた。




後書き。

相変わらず一人称は苦手ですが、どうしてもこれは一人称で書きたかったもので……。
「無自覚嫉妬」と「ほっぺにチュー」という個人的萌えを詰めてみました。
しかし、ベルカのアレはリンナにとっては仕返しじゃなくてご褒美ですよね、むしろ。
アゼルプラードに王様ゲームとかあるの?とかは、あえて考えない方向で。



2010年7月11日 UP




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