02.プレゼント



1日の執務がすべて終わり、食事と湯浴みを済ませると一気に疲れが押し寄せてくる。
寝室に向かおうとしたところで、キリコに呼び止められた。
「殿下、こちらをお持ちください」
そう言って差し出されたものを、オルセリートは不審げな眼差しで見つめる。
そんなオルセリートの様子を見て、キリコが僅かに苦笑する。
「大したものではございません。ちょっとした贈り物です」
とりあえずそれを受け取り、箱から中身を取り出す。

それは、小ぶりの陶器に収められた香だった。
「近頃は特に、あまりよく眠れておいででないようでしたので」
気分を落ち着かせて眠りを誘うと言われている香です、とキリコが言い添える。
「……随分、気の回ることだな」
「あなたに倒れられては困ります」
そう告げる声は優しげに聞こえ、オルセリートは背を向ける。
「おまえが思うほど僕は繊細な人間じゃない。余計な気を回す必要はない」
「失礼致しました。ですが、そちらは折角用意致しましたものですので、どうかお使いください」
背を向けていても、胸に手を当てて礼を取っているキリコの姿が見える気がする。
了承の返事だけを告げ、オルセリートは寝室へと入っていった。



香を焚くと、仄かな香りが辺りに広がる。
確かに、気持ちが落ち着く香りだ。
ベッドに腰掛けて、オルセリートは小さく息をつく。

あまりよく眠れていない、というキリコの言葉は事実だった。
ベルカのこと、大病禍のこと、この国の執政のこと。
考えることが多すぎて、ベッドに入っても思考を止められない。
眠りは浅く、ちょっとしたことで目が覚める。
日中は普段どおりにしているつもりだったが、どうやら見抜かれていたらしい。

後ろに倒れこむようにベッドに身体を横たえ、右手の甲を額に押し当てて目を閉じる。
キリコが心配しているのは、オルセリートの人形の演技が周りにバレてしまわないかどうかだ。
決して、オルセリート自身の身を案じているわけではない。
告げる声が優しく聞こえたのも、すべて錯覚に過ぎない。

それくらい分かっているというのに、何故、胸の内がざわめくのか。
手渡された香に、ほんの一瞬、心が高揚したのは何故なのか。

心地良い香りが漂った部屋。
本来ならば、緩やかに眠りに誘われるだろう。
しかし、目を閉じても睡魔は訪れない。

「おまえの存在が、僕を眠れなくしているのだ」と。
そう告げたなら、あの男はどんな顔をするだろうか。
一笑に付してしまうか、それとも芝居がかった形ばかりの謝罪をするか。
どちらも想像できて、オルセリートは自嘲気味に笑う。

馬鹿馬鹿しい。
こんな香ひとつで思考が歪むなど、どうかしている。

僅かに唇を噛むと、香りを遮断するように掛け布を頭から被って身体を丸めた。


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