04.おねむ



柔らかい陽射しが降り注ぐ湖畔。
木陰に座って、リンナは湖の方を見ていた。
水辺では、ベルカとミュスカが並んで座っている。
どんな会話をしているかはここからでは分からないが、2人が交流しているのを見られることは嬉しかった。

城にいた頃は、ベルカとミュスカはあまり仲が良くなかったようだ。
ずっとベルカを「卑しい平民」と教えられてきたミュスカに偏見が根付いてしまったのは、周りの大人たちの影響だ。
幼い姫君にそんな偏見を植え付けた周囲の者たちに腹立たしさを覚えもするが、今は少しずつ頑なな態度も融け始めている。
このまま、兄妹として心を通わせてくれたらいい。
オルセリートも含め、笑い合い、手を取り合える兄妹に。

そんな風に眺めていると、不意にミュスカがコロンとベルカの方に倒れ込んだ。
ベルカが困った様子でミュスカを抱き上げ、馬車の方へと向かってくる。

「なあ、おっさん。ミュスカのヤツ、寝ちまったんだ。頼むよ」
「はは、腹いっぱいになってポカポカする日向にいりゃあ眠くもなるだろうな」
笑いながら、シャムロックがミュスカを引き取る。
もうすっかり、シャムロックはミュスカの世話が板についてきてしまっているようだ。

ミュスカをシャムロックに預けると、ベルカはリンナの傍にやってきて、隣にストンと座った。
「ったく、舟漕いだと思ったらいきなり寝ちまうんだからびっくりしたじゃねえか」
ぼやくベルカが言葉とは裏腹に少しくすぐったそうで、リンナは小さく笑う。
「慣れぬ長旅でお疲れなのでしょう。殿下とお話をしていて気が緩まれたのでは」
「そうかぁ? むしろいっつも怒ってるけどな」
そう言いながらも、あまり悪い気はしないようでその顔には笑みが浮かんでいる。

「ここも結構気持ち良いな。そんなに寒くもねえし」
木の幹に凭れ、ベルカが伸びをする。
確かに季節の割には今日は気温が高く、木陰にいてもそう寒さは感じない。

しばらくはそのまま2人で並んでぼんやりと座っていたが、不意に肩に重みを感じて振り向く。
そこには、リンナの肩を枕にしてうたた寝するベルカの姿。
やはり血の繋がったご兄妹だな、とリンナは苦笑する。
言えばきっとベルカもミュスカも怒るだろうが、この2人はとてもよく似ていると思う。
意地っ張りなところも、優しいところも。

とはいえ、ベルカをこのままにしておいたら間違いなく風邪をひいてしまう。
上着を脱いで掛けようにも、凭れかけられている今の状態では身動きが取れない。
どうしたものかと焦っていると、丁度エーコが馬車から出てきたところだった。

「エーコ殿」
ベルカを起こさないように声を潜めて、リンナはエーコを呼ぶ。
「申し訳ありませんが、何か殿下に掛けるものをくださいませんか」
分かったと頷いて、エーコが馬車の中から小さな毛布を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「いいよいいよ、オルハルディも大変だね」
「いえ、私はどうということは」
リンナにしてみれば、ベルカやミュスカをこのような場所で眠り込んでしまうほど疲れさせてしまっていることの方が心が痛む。

「ねえ、オルハルディ」
悪戯っ子のような笑顔で、エーコが顔を近づけてくる。
「枕代としてさ、チューくらい貰っときなよ」
楽しそうに笑うエーコに、リンナは一瞬反応が遅れる。
そして意味を理解した途端、顔に熱が集まるのを感じた。
「エ、エーコ殿!」
「冗談だよ、そんな大きな声出したらベルカが起きちゃうよ?」
ハッとして横を向くが、ベルカは僅かに身じろぎをしただけですやすやと眠ったままだ。
そのことにホッと息をついている間に、エーコはクスクス笑いながら馬車に戻っていった。

空いている方の手でベルカに毛布を着せ掛けながら、ふと、唇に視線が吸い寄せられる。
僅かに顔が傾きかけたところで、ハッと我に返り、キツく目を閉じて深呼吸をする。
いくらあんなことを言われたからといって、どうかしている。
肩にかかる温もりが、あまりにも心地良いせいだろうか。

このような想いを持ってはいけない。
それは十分理解しているはずなのに、ふとしたことで溢れそうになる。
自分の役目は、従者としてベルカを支え、守っていくことだ。
城に戻れば、ますますベルカにとって厳しい日々になるだろう。

せめて、今だけは心穏やかな眠りを。
ざわめく心には蓋をして、リンナはベルカの寝顔を見つめ、祈った。


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