05.手をつないで



夕刻辿り着いた街の宿。
宿の主人が発した一言に、ベルカとミュスカが反応した。
「お祭り?」
「ええ、今夜はこの街の半年に一度のお祭りなんですよ」
屋台や出し物もいっぱい出ますよ、との言葉を聞けば、行かないという選択肢はない。

支度をして、全員で街に出かけた。
「すっげえ人だな」
キョロキョロと周囲を見回す。
大きな街の祭りということで、かなりの人出だ。
こんな人込みでミュスカは大丈夫だろうかと振り返ると、ミュスカは既にシャムロックに肩車をしてもらってご満悦だ。

大勢の祭り客の間を縫うようにしながら、主に食べ物の屋台を中心に巡っていく。
ふと気付くと、リンナたちの姿が見当たらない。
慌てて探すが、この人の波ではどうにも見つけようがないように思えた。
「やっべえ……」
どうやらはぐれてしまったらしいことに気付き、ベルカは周りに気を配りながら道を引き返す。

そんなキョロキョロとした様子が目に留まったのだろうか、数人の若い男が声をかけてきた。
「ねえ、どうしたの? はぐれちゃったんなら、俺たちと一緒に遊ぼうぜ」
ニヤニヤとした笑みが、気持ち悪い。
無視して通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。
途端に、ゾクリとした悪寒が背筋を走る。
振り払おうとするが、意外と腕力があるらしく、なかなか外れない。
そうこうしているうちに暗がりに引っ張り込まれそうになり、ベルカは本気で焦り出した。
男であることがバレれば、不審を抱かれて衛士に突き出される可能性もある。

アルロンの毒煙ももう手元にはないし、何とかして逃げなくてはと気ばかりが急いてしまう。
いっそ急所でも蹴り上げて逃げてやろうか、と半ば本気で考え出したとき。
「マリーベル!」
切羽詰ったような、声。
同時に駆けてくる足音が、どんどん大きくなってくる。

振り向くと、もう既にすぐ傍まで来ていた。
リンナは力任せに男の手を引っぺがすと、ベルカの肩を掴んで自らの方に抱き寄せた。
肩を掴む手に、力が篭る。
瞬間、心臓の鼓動が跳ねた。
肩に触れた掌が熱く感じる。
僅かに息を切らしたリンナが男たちを睨み付けると、顔を見合わせた男たちは悪態を吐きながら去っていった。

「殿下、大丈夫ですか!? お傍を離れてしまい、申し訳ありません……」
パッと手が離され、1歩後ろに下がったリンナが頭を下げる。
身体を離されたことに落胆した自分に、ベルカは戸惑う。
どうして、こんなに残念な気持ちになってしまうのだろう。
「あの……殿下?」
黙ったままのベルカに不安になったのか、リンナが心配そうな顔で呼びかけている。
「あ、いや……大丈夫だ。助けてくれてありがとな」
随分とベルカを探して走り回ったのだろう、あのリンナの呼吸が乱れている。
「悪いな、探させちまって」
「とんでもございません! 私の方こそ殿下を見失うなど……」
唇を噛むリンナに、本当に真面目なヤツだなと苦笑する。

「いいや、祭りに戻ろうぜ。まだまだ食い足りねーし」
そう言って笑うと、リンナもようやくつられたようにして笑う。
「エーコ殿たちは別行動で祭りを楽しんでいただいています。ここからは私と2人になりますが……よろしいですか?」
「ダメなわけねえだろ。行こうぜ」
むしろ、嬉しいとすら感じてしまう。
リンナと2人だけで祭りを楽しめることが、何故だかこんなにも嬉しい。

祭りの方へ足を向けかけ、リンナはふと何かを思いついたように足を止める。
「あの、殿下……」
「ん?」
しばらく迷うように視線をさ迷わせていたリンナだったが、控えめにその手を差し出した。
「万一、またはぐれては大変ですので…………その、殿下がお嫌でなければ、御手を…………」
差し出された手を、まじまじと見つめる。
リンナからこんな風に手を差し出されるなんて、思いもしなかった。

少し緊張気味に、ベルカはその手に自らの手を重ねた。
男同士だというのに、手をつなぐくらいで何をそんなに固くなっているのだろうと自分でも思う。
だが、触れたその手は先程肩に触れたそれよりももっと暖かかった。
キュ、と握り締められ、ベルカもまた握り返す。

今夜の祭りが終わらなければいい。
手の温もりを感じながら、ベルカはそう思わずにはいられなかった。


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