08.もう一回



尋問から解放され、見張り付きながらも雪華宮へベルカと共に戻る。
ベルカが無事だったことが、何よりもリンナを安心させた。
自分自身が尋問を受けることくらい、何でもない。
ベルカさえ、無事ならば。

部屋でヘクトルの本に隠された古代語の物語を見た。
リンナとしては何らかのメッセージが篭められているのだと思うのだが、ベルカは頑なにそれを認めようとしない。
何か、あったのだろうか。
引き離されている間に、キリコ辺りがベルカに何か脅しでもかけたのではないか。
そんな考えが頭を過ぎるが、それを確かめることは出来なかった。
分に過ぎるという思いもあったし、今のベルカの様子では尋ねても話してくれそうには思えなかったからだ。

頼りにされていないのだと思うと、心が沈んだ。
相談をするだけの価値を、リンナはベルカに認めてもらえていないのだ。
ミュスカとホクレアへの伝言という仕事さえ満足にこなせなかったのだから、無理もないのかもしれない。
しかしだからこそ、今度こそこの身のすべてを賭けてもベルカを守ろうと誓った。
リンナに出来ることは、ただそれだけだ。

たとえこの命を失うことになったとしても、必ず守ってみせる。
愛しい、誰よりも愛しい主。
忠誠だけではない想いを抱いていることを、伝えるつもりはない。
傍で支え、守っていければそれで満足だった。

ただ、ひとつだけ。
我侭を言っても、許してもらえるだろうか。

「殿下」
呼ぶと、ベルカが振り返る。
「ひとつだけ、お願いがあるのですが……」
「お願い? 珍しいな。いいぜ、言ってみろよ」
向けられた笑顔に、鼓動が速くなる。

「殿下、旅の途中、祭りに行かれたときのことを覚えていらっしゃいますか」
そう尋ねると、何故かベルカが僅かに動揺した様子を見せた。
「あ、ああ、覚えてるよ」
「あのとき、私は分も弁えず、殿下のお身体を抱き寄せてしまいました」
「いや、その、き、気にすんなよ。ほら、俺を助けるためだったろ」
ほんのりと頬を染めてしどろもどろと話すベルカの態度に、一瞬、おかしな期待をしそうになる。
そんな自分を戒めつつ、リンナは言葉を続けた。

「非礼を承知で申し上げます。もう一度だけ…………同じ行為をお許し願えませんでしょうか」
拒絶を向けられる恐怖をひた隠しながら、リンナは真っ直ぐにそう告げた。
ベルカはというと、何を言われたのか理解できないといった風にポカンとしている。
そうしてようやく言葉の意味を飲み込んだらしく、顔を真っ赤に染め上げた。
「え、あ、同じ、行為って……だ、抱き寄せて、とかそういうのか!?
「はい」
断られたら素直に諦めるつもりで、リンナは頷く。

しばらく何事か唸りながら迷っていたベルカだが、不意に顔を上げた。
「……分かった。好きにしろ」
まさか本当に了承してもらえるとは思わず、リンナは驚きに目を瞠った。
「本当に……よろしいのですか?」
「いいっつってんだろ! 早くしねーと気ぃ変わるぞ!」
未だ頬を染めたまま、ベルカがリンナを睨み上げる。
そんな顔すら可愛く見えてしまうなどと口走ったら、それこそ殴られかねないな、と思う。

「それでは……失礼致します」
そう断りを入れ、リンナはそっとベルカを抱き寄せた。
もう片方の手も背中に回し、ギュッと抱きしめる。

ベルカの髪に顔を埋めると、どこか優しい匂いがする気がした。
抱きしめた身体はとても暖かく、心地良い。
腕の中に大人しく収まっているベルカの優しさが、嬉しかった。

何故、突然こんなことを言い出してしまったのか、自分でもよく分からない。
ひょっとしたら、何か、予感のようなものがあったのかもしれなかった。
もう触れられなくなる、そんな予感が。

「殿下……ありがとうございます……」
この温もりを、決してリンナは忘れないだろう。
たとえ……この先、何があったとしても。


SS企画 TOP
SILENT EDEN TOP